告白

 大きなリュックを背負い、キャリーバッグを傍らに置いた彼女は開口一番そんなことを口にした。


「はい?」

「ですから、本日からこちらのお宅でお世話になります。春野美桜はるのみおです。……あ、ご安心下さい。私、枕が変わっても熟睡出来るタイプなので」

「いや、そうじゃなくて!」


 玄関で揉めている声が家の中にも伝わったのか、母が奥からやって来た。


「あらあら、美人さんじゃない。一体どこのお嬢さんかしら?」


 呑気な顔で出てきた母に、春野は頭を下げる。そして、再び頭のおかしいことを宣った。


「一輝様のお義母様ですね? 私、一輝様のクラスメートで春野美桜と申します。本日からこの家に住まわせていただきたく、お願いにあがりました」

「あらやだ! この子一輝の彼女? ちょっとやるじゃない!」


 口元に手を当てながらニヤニヤすると、母が俺の頭をペシペシと叩いた。


「い、いや。春野さん。この家は父の家であって……」

「それなら問題ありません」


 言うが早いか、彼女はポケットからスマホを取り出し、僕に差し出す。通話相手はなんと、義父だった。


「も、もしもし?」

「あの、今日から彼女も一緒に住んでもらうことになったから……、よろしく」


 それだけ言うと、電話は切れてしまった。


「お義父様の職場は柴咲グループの傘下。楓お嬢様のお祖父様。つまり、柴咲グループ会長が自らお電話したところ、私の居候を快く受け入れてくださいました」

「な、なんで大企業の会長様がウチなんかに……」


 春野は小さく咳払いをすると、チラリと玄関を見る。


「その辺についても説明するので、上げてもらってもよろしいですか?」

「そうよねぇ。ほら、一輝! 彼女さんの荷物持ってってあげなさい!」

「どこに?」

「あんたの部屋でいいから! 早く!」

「へいへい……」


 春野の荷物を運び、俺が居間にに戻ると、母が楽しそうに彼女を質問責めにしていた。


「ねえねえ。一輝あの子のどこが好きなの?」

「全体的にです」

「告白は?どっちから?」

「一輝様から。情熱的なのを一発もらいました」

「あら~! じゃあさじゃあさ! 前の学校での一輝のあだ名、知ってる?」

「いえ」

「イッキよ、イッキ。一輝だから。笑っちゃうわよねぇ。あっ、美桜ちゃんはあだ名とかってあるの?」

「ありません。が、一輝様からは『ハニー』と呼ばれています」

「きゃ~~!」


 数々のフェイクニュースを垂れ流す春野を止めるべく、俺は二人の間に割って入った。


「ちょっ! 春野さん! 母さんに嘘ばかり吹き込むな! ……母さんも変なこと聞かないでくれよ」

「あらあら。照れちゃって、この子ったら」

「申し訳ありません、イッキ様」

「取り入れるな! あだ名を!」


 深呼吸をすると、俺は眉間を人差し指で押さえた。そして、席に座る。


「じゃ、私は晩御飯作ってくるから。あ、美桜ちゃん、嫌いなものとかある?」

「私の顎が通用する範囲であればなんでも」

「オッケー!」


 ドタドタと母さんはキッチンに消えていく。

 

「……で? 一体どういうつもりだよ」

「どういうつもり、とは?」

「だから、いきなりうちに居候しようとする理由だよ。俺と春野さんは初対面だろ?」

「……初対面、ですか」


 その時、彼女が初めて笑ったのを見た気がした。


「そうですね。ですが、あなたと楓お嬢様は初対面ではありません」


 彼女の言葉に、俺はドキリとする。


「やっぱり、あの子は。でもなんで春野さんがそれを知って……」

「重要なのはそこではありません」


 春野はそう言うと、お茶を一口啜った。


「問題はあなたが楓お嬢様に気付いてしまったことにあります」

「え?」

貴方あなた。子供の頃、お嬢様と結婚の約束をしていますよね?」

「……まあ、な。だけどあんなの、子供の口約束だろ」


 やれやれ、と首を振った春野は大袈裟な溜め息を吐く。


「お嬢様はそうは思いません。子供の頃結婚の約束をした少年と再会。少女漫画をこよなく愛するロマンチストなお嬢様はこれを運命と感じるでしょう」

「いやいや……」

「つまり今のあなたが正体を明かし、お嬢様に告白すれば100%成功してしまうのです。優しく、美しく、実家も太い。そんなSSR彼女確定チケットを、一輝様は握っている状態なんです」

「言い方もうちょっとどうにかならない?」


 気持ちを落ち着けるため、俺もお茶を口に含む。


「仮にそうだとして、何か問題あるのか?」

「問題大アリです。お嬢様は将来柴咲グループを背負って立つお方。一時の気の迷いで一般人と結ばれでもしたら日本の損失です」

「言い過ぎだろ……。でもそれだったら、俺が黙ってればいいだけじゃないか?」

「いいえ。いくら一輝様が黙っていると約束してくださっても、完全には信用できません。貴方が刹那的な欲求を満たすため、お嬢様を手込めにしようと画策する可能性は非常に高いと思われます。なにせ高校二年生というのは、この世で最も彼女を欲しがる生物ですから」

「偏見がすごい。……だとして、結局春野さんは何がしたいんだよ」


 俺がそう言うと、春野は自虐的な笑みを浮かべた。


「……私は"身代わり"なんです。お嬢様の」

「身代わり?」


 物騒なワードに、ついついオウム返しをしてしまう。


「はい。私は柴咲家の使用人として、……楓お嬢様のお祖父様に、彼女の身の回りの事を逐一報告する義務があります。そして、一輝様との再会の件もすでに報告しました」

「……で?」

「『お前が相手の男を籠絡しろ。そして孫の代わりに嫁いでこい』と、言われました。つまり、私による"鷲尾一輝メロメロ大作戦"が、本日より開始されたわけです」

(作戦名ダサ!)


 ちょっとシリアスな話だったし、本人も満足げにしているので、作戦名には触れない方向でいこう。


「私はその為に幼き頃、柴咲家に買われたのです。お嬢様を誑かす悪い虫からの弾除けや、将来くるかもしれない政略結婚の替え玉。もしもの時に体を差し出す、その為に」

「あんたはそれでいいのかよ」

「構いません。今まで柴咲家には衣食住を提供してもらいました。大恩こそあれ、恨む筋合いなど……」


 真っ直ぐいい放つ彼女を見て、俺は不憫に思った。


(選択肢がないってのは、あまりに惨い)


 春野はああ言ってるが、そうするしかなかったと言うのが実情だろう。なら、俺にできるのは……。


「わかったよ」

「え?」

「あんたの彼氏になってやる」


 自分で言ってて、顔が赤くなるのがわかる。


「卒業まで俺達がくっついてれば、柴咲のじーさんも安心するだろう。だから、それまで恋人のフリをしてやる! それでいいだろ!」

「は、はい! ありがとうございます!」


 深々と頭を下げる春野。一瞬だけ彼女の目元が光った気もするが、それもすぐに見えなくなった。

 次に頭をあげると、彼女はいつものクールな表情に戻っていた。


「それから、恋人同士なのに『春野さん』は他人行儀過ぎますね。ですので、私を呼ぶときは美桜。またはハニーでお願いします」

「チッ……わ、わかったよ。その、……美桜」

「はい。よろしくお願いしますね? 一輝様」


 子供の頃、結婚を約束したお嬢様。何故かその従者と恋人のフリをする。俺達の奇妙な関係は、こうして始まったのだった。



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結婚の約束をしたお嬢様と再開したら、彼女の従者から告白された話 矢魂 @YAKON

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