31話 名前を

 試合まであと15分。大沢はソワソワと緊張していた。トイレから控室に戻るため、曲がり角を通り過ぎる。


 一瞬の出来事だった。


 女の子が大沢の肩にぶつかり、さっと通り過ぎて行った。うつむいた彼女の顔は、しっかり見えなかった。


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 坂野との思い出がよみがえる……


「百円玉入れなきゃ、一生遊べないよ。これから少しバカにしようっと」


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 真理はあの日、こんなことを言っていた。


「ち、違うよ! 全然、絶対違うよ! 知也くんには、まだ見せないよーだ」


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 坂野は僕を分かっていた。


「プラスマイナスの計算くらい間違えないで! 分数の計算すらできていないわ!」


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 真理は僕を問い詰めた。


「私のことは真理さんって言って! 認めてよ! 『真理さん』って認めてよ!」


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 目を閉じると、坂野が僕に声をかける。


「大沢くん、坂野緑も応援してるから」


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 真理の優しさは、ガラス細工の様だった。


「真理は応援してる。いつでも応援してる」


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 その時、高田真理と坂野緑。大沢は、本当に好きな人の名前を叫んだ。



「……さん!」



 いやいや。どう考えてもあれは坂野緑だろう。なんで返事もせずに、行ってしまったんだ?


 その時、彼女は何かを落としていった。

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