30話 天気予報は曇りのち晴れ

 そして、大沢知也が高校生として挑む、最後の大会当日。


「小場加山ゲームっ!」

「よっ!」

「問題です。私は小場でしょうか? それとも、小場っぽい服装の加山でしょうか!?」

「第1ヒント! このツムジは……おっ、右巻き。あーでも、小場さんにしては白髪が少ない。どっちなんだぁっ!」


 隆はバンっと机を叩いた。そろそろ、このラノベで机を叩くシーンを終わらせたい。


「お願いですから静かにしてください。時間がないんです」


 大沢の試合は、隆も個人的に見に行きたかった。だが、教師の仕事はこなさなければならない。一応、それくらいは隆もわきまえている。しかし、そんな気持ちはつゆ知らず。小場加山はアッカンベをした。当然、この二人がわきまえる義理などない。


「静かにしてなど、そんなお願いは聞けませんね」

「……だったら、どんなお願いは聞いてもらえるんですか?」


 ところが、小場加山は息ぴったりのハーモニーで、柄にもない発言をした。こんな事は初めてだった。ちなみに小場加山の人生においても、相手の肩を持つのは珍しいケース。いや、そもそも、これが史上初……? 人気番組風にいうと「はじめてのおきづかい」である。


「あなたの業務、今日だけは全て引き受けてあげてもいいでしょう」

「あの、小場さんと加山さんは、用務員なんですよね? 特に何もすることもなく、給料というウマい汁を吸うだけの」


 この二人とはいえ、口の利き方はどうかと思う。けちょんけちょんも、いいところだ。しかし、最後は脇役がいい仕事をするものと相場が決まっている。小場加山は、このラノベが始まって以来、最高にカッコよかった。


「今日はあなたにとって大切な日だとか。ワタクシたちが何者でも、もうあなたは頼むしかないのです」

「小場加山さん……」


 隆は覚悟を決めた。教師のプライド……いや、プライドの問題じゃないけど、走りだせ、オレ! この物語の主人公は……そう、この僕だ!


「じゃあ小場加山さん、お願いします。もう時間がない。後の事は頼みました!」

「了解です。緊急事態につき、1万円で手を打ちましょう」


 主人公、僕じゃなかった。教師うんぬんより、1万円に対するプライドは高かった。粘りに粘ってやっと3千円になったので、とにかく隆は急いで車を走らせる。次の瞬間!


 ……隆は思い切り車を電柱にぶつけた。ケガなどの別状はなかったが、大会にも間に合わないし、3千円では済まなくなった。が、曇り空を見上げてつぶやいた。


「誰かの命を奪わなかっただけでも、感謝しなくちゃな」


 もうすぐ、晴れ間が見えるだろう。


🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵


 坂野緑は、春の山体育館の前で悩んでいた。


「うーん。服装が小泉さんにもらった写真の真理ちゃんっぽい。しかも何? なんか今日の髪形も意識しなかったけど、お団子じゃん」


 そういえば去年の大会、この髪形が原因で、大沢に「デリカシーないのか」と言われたことを、急に思い出した。


「……せめて、お団子頭はやめようっと」


 髪留めをほどく。が、なにか強い力がそれを止めた。その時。


「どうして、どうして真理がいるの!」


 見知らぬ女性が声を掛けてきた。そればかりか、肩を掴んでブンブン坂野を揺さぶる。あわあわしながら、坂野はそのおばさんを止める。


「あ、あの、すいません。私は高田真理ちゃんじゃないんですけど……」

「何を言ってるの! どこからどう見ても真理じゃない!」


 正直、この出で立ちで坂野にそれは否定できない。このおばさん誰だろう? うつむいて泣き出してしまった。しかし、次の一言でようやく分かった。


「あの夏、私があなたを死なせました……どうか許して」

「おばさん、もしかして恭子さん?」


 恭子はガバッと起き上がった。


「やっぱり真理じゃない! それに恭子さんじゃなくて、お母さんでしょうが!」


🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵


 大会はもう少しで始まってしまうのだが、二人は真理のお墓へと向かった。時間はない。でも、坂野もそうするべきと思った。


「そう。あなたは隆の教え子の……」

「ごめんなさい、おばさん。心のない事をしてしまって」


 供えたお線香は、ラベンダーが弾ける様だった。坂野の一言を気にせず、恭子は微笑む。


「いいのよ。あなたと一緒に真理のお墓参りができたのは、とても嬉しい」


 二人は真理に心を込めて手を合わせた。少し静かな時間が流れる。恭子は謝るように涙ぐんだ。あれから一日だってこの事を思わない日はなかった。初めて会うその女の子に言っても、意味のないことを呟いた。


「あの子に命を与えて産んだのは、私です。あの子の命を奪ったのも、この私です」


 坂野は戸惑いながらも、思う気持ちを瞳に見せた。言っても意味などない。恭子がそう思い口にした気持ちは、なにひとつ無駄ではなかった。


「おばさんは何も悪くないと……私は思います」

「……ありがとう。でも、本当の事よ。どうかお願い。もう一本、お線香を立ててくれますか」


 二人はもう一度、真理のお墓に手を合わせる。そして恭子は「ごめんなさい」と尋ねた。


「あなたの名前を聞いていなかったわ。失礼だけど、教えてくださいませんか」


 坂野は考えに考えて、答えを出した。


「私の名前は、高田真理です」


 恭子は思わず息をのんだ。その言葉、その眼差し……それを真剣に受け止めると、恭子は笑みを浮かべた。


「じゃあ、これを真理に返します。どうしていいか、私には分からなかったから」

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