28話 真の理

 何時間経っただろう。もしかしたら、何日も経っていたのかもしれない。大沢は日が暮れた街のはずれを歩いていた。誰かの声がする方へ……誰かの声がする方へ。次第に聞こえなくなる声を求めて歩き続けていた。


「おい」


 その呼び声で、大沢はハッと意識を取り戻した。


「うううう。こ、小林……」

「どうしたんだよ、大沢くん。とにかく落ち着け。明日の大会、そんなに緊張するのか?」


(ま、真理は生きていないのに、なんで僕は生きているんだ……!) 


 小林は、大沢の目から大体の事は読み取れた。


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 二人はバッティングセンターにやってきた。人はほとんどいない。大沢はぼんやりと小林に尋ねた。


「小林……なんでこんな所を歩いていたんだ?」

「全く。君が言えた立場か。試合の前は、ボクシングと関係ない場所に行く。それが、僕のルールでね」


 大沢は何もかも話した。モグラ、真理、ボクシング、全てを。振り向きたくない不純物が混じったものを、つっかえながら話した。だが、小林は半分も理解しなかった。なぜなら、半分も必要ないから。


「ふーん。その真理ちゃんを殴った次の日、僕と二度目、2年生の時に試合をして、君は負けた。そして、その日に彼女は亡くなった。だから、なんなの?」

「え……?」

「そんな大変な記憶があったんだろ? それでも、覗いたら君はいつでも部室にいたし、去年の大会も出ていた。そう。ボクシングを完全にやめることは、なぜかできなかった。その代わり、チョー面倒くさそうにしていたけどね」


 小林は「おごってやるよ」と、いつかの缶コーラを持ってきた。小林は全ての答え合わせが出来た。大沢が何を想い、リングに上がっていたか。

 小林にもボクシングをやめたい時はあった。だが、今日まで続けてよかった。そう思ってか、ご丁寧に栓まで開ける。


「どうしてやめられなかったか、分かるか?」

「分からない。なんで僕は、結局ここまで続けてしまったんだろう」

「大沢くん、それならいいんだよ」


 小林はぐっとコーラを飲んで満足そうだ。笑っている。白い歯を見せ笑っている。そんなに単純な話だっただろうか……? 大沢は自分で自分を責める気持ちに気が付いていなかった。小林は、厳しくもあるが、優しい目をしていた。


「続けた理由が、まだ憎いからじゃないんだろ。もぬけの殻だとしたら、それが正解だったんだよ。君は分かっていたはずだ。真理ちゃんは、いつの日か君に会いにくる……思い出せ。もし、その時にボクシングをやめていたら、君は目を背けたはずだ」


 大沢は黙って聞いているだけだ。小林はバカみたいな速さで、ピッチングマシンに投げさせる。敵に塩を送るのも、結構面白い。まして、大沢が自分を取り戻してくれるなら。一球一球空振りする度、小林は真実を告げてゆく。


「君には最後のチャンスがある。それは明日の大会……全てにケリをつけるんだ。そこでピリオドなら、憎しみでもない、無力でもない拳を見せろ。大沢知也が愛したその少女は、必ず君の前に現れる。そこに必要なのは『憎い』ではなく『愛しい』だろう?」


 バッティングを終えた小林は、コーラの缶をゴミ箱に放り投げる。壁にぶつかり外れてしまった。と、思ったら跳ね返ってゴミ箱に入った。空っぽなのは、いつか忘れたコーラの缶だけ。


 小林翼。どんなに勝ち続けても、本当に勝ちたいのは、真の理を引き出した大沢だけなのだろう。擦り切れていたはずの、モノクロフィルム。小林は緩やかに物語を紡いでいく。


「僕と大沢くんでしか起こらない奇跡を、リングは5年も待っていた。本当はお前も求めていたはずだ。ちぐはぐな現実の中でさえ望んでしまう、掴みたい夢……最高の舞台は一瞬だけだぞ」

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