21話 可愛いあの子とにらめっこ
「うむむ。先生の名前だけでも覚えきれんのに、生徒なんてとてもじゃないな」
放課後。職員室で隆はリストと睨めっこする。ズバリ、この戦いに負けそう。僕のヒョットコ顔、クオリティ高いんだけどなぁ。え、これが睨めっこの正式ルールですよ。あなた知らないんですか?
と、ここで3年2組に見覚えのある名前が。
「大沢知也か。まさか、教え子になるとは。面倒くさいな……あいつの不真面目さは国宝級だし」
ドン!
「男女別にプリントを分けておきましたよ。いやらしくて、不真面目な、僕のおじさん」
大沢だった。今回に限ってそういう物じゃないのに、いつも通り慌てる隆。一年前から何も進歩がないようだ。この隆という男は、ほっと一息つきたいような、がっかりしてため息がつきたいような。そんなキャラクターである。いやらしくて、不真面目な先生は、大沢にもいつもと同程度のイイワケをした。
「こら。僕のことは高田先生って呼びなさい。言っておくが『おじさん』じゃダメだぞ。あと、前から思っていたけど、僕は年齢的にもオジサンじゃない。もちろん見た目も」
……
「どうしたんだよ、知也。はやくどっか行けよ」
大沢は複雑な顔をしている。言いたい事も、言わなきゃいけない事も、全てが顔に出ていた。すると柄にもなく、隆は察したのだろう。もちろん隆だって無関係じゃない。むしろ、真理は毎日過ごした家族なのだ。
「僕は知也と真理の思い出で、一番誇らしいのはさ……」
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「では、今日から一般動詞の否定文です。23ページを開いてください」
1年4組の生徒は教科書を開いた。大沢、小泉と別れて数ヶ月。真理は不安な毎日を過ごしていた。教科書を開こうとしたが……
「あっ!」
教科書を落としてしまった。それを拾う先生の苛立ちが、真理には分かった。
「高田さん。高田さんは、もう少しアルファベット表を読んでなさい」
「なんで? なんで真理はいつまでたっても、アルファベットを読んでいるだけなの?」
「いいから読んでなさい。はい、みなさんは高田さんを気にしないで。では、最初は……」
真理は生まれて初めて、教師に反抗した。
「エー‼ ビー‼ シー‼ ディー‼」
「静かにしなさい!」
怖かった。真理は、口をパクパクさせることしか出来なかった。味方はいない。声を上げてくれる人は、ここにいない。それは真理自身を含む。
「ここにいたければ、生徒の邪魔をしないでください」
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放課後。真理は校庭でノートを開いていた。大沢がボクシングを始めてから、真理は「知也くんの記録」をずっとつけていた。
「真理はダメだなあ。昨日眠くなって、書くのを忘れちゃった……そうだ! お詫びに知也くんの絵を描こう!」
その時、バッと手元からノートが奪われた。見上げた時には遅かった。
「なにが『そうだ、絵を描こう』よ」
三人の女子が目の前に立っていた。この後どうなるか。真理には大体分かっていたけど、叫ばずにはいられなかった。作者も少しだけ、そんな思い出がある。
「だ、誰ですか? ……そ、それ読まないでください!」
しかし、三人は真理を独りにした。色々な意味が含まれる「楽しそう」といった感じだった。ノートを読みだした女子たちはケラケラと笑う。
「なんだこれ。この男の絵、マジで気持ちわる。腕が変なとこから生えてるよ」
「頑張ってお絵かきしたんだから、返して! いたいっ!」
真理は足を踏みつけられ、転んだ。
「お絵描き? アタシたちの周りをウロチョロしやがって、ウザイんだよ! 二度と学校に来るな!」
真理は思わず耳をふさいだ。でも、その一言が聞こえてしまった。こんな時、あの人がいたら……大好きな、あの人がいたら。でも、今はもういない。パニックになりながら、それでも真理は必死の思いでつぶやいた。
「わ、分かりました」
その時……真理が……ノートで……
「やめろ!」
三人が振り向くと、大沢が立っていた。
「お前ら。それ以上、真理に何かしたら、タダじゃ済まさないぞ」
誰だ……この男? 女子たちは、しばし互いに顔を見合わせた。だが、それぞれの表情が出した答えは「気に食わない」だった。三人は大沢にケンカを売った。
「なんだ、アンタは。うちの中学じゃないね……ああ。この気持ちの悪い男、アンタか」
大沢は濁りひとつない強い瞳だった。大沢は真理の手を握り、立ち上がらせる。
次の一言は、もっと親切な言い方があると思う。それは後から大沢も思った。でも、とっさに出た言葉はこれしかなかった。
「この女の子をいじめればどうなるか、考えれば分かるだろ」
しばし三人は黙った。自分たちがしている過ち。が、それを理由に正義を振りかざすこの男は、まさに気に食わないの心臓。リーダーの様な女子が口火を切る。
「アンタはこのバカと遊んでいる、所詮バカだよね」
「……なんだと」
一瞬、頭に閃光が走った大沢は、鋭い眼差しでそいつを睨む。その女子たちとの距離を詰め、真理をかばった。こんな出来事は小学生の頃、一度や二度の話ではなかった。真理のために失ったものは多かったが、真理を失いたくはない。大沢は真理だった。
「僕は唐海のボクシング部だ。僕は……僕は無神経なヤツなら女子でも殴る!」
「面白いじゃん。アンタ、女子を殴れんの? それこそマズイんじゃないの?」
「では、こうしよう」
大沢は思い切りピンクの紐を引っ張った!
オレのドナクエ、返せー
「な、なんだ!? このバカみたいな防犯ブザーは! 逃げるよ、アンタたち!」
三人の女子は帰って行った。
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ハッと気が付いた様に、真理は力なく座り込む。そして、ほっとしたため息を漏らした。
「あ、ありがとう知也くん。怖かったよ……」
大沢は「よかった」という表情を見せた。「ごめんな」という表情も見せた。
「隆のおじさんから『真理は、知也の家にいるのか?』って電話が掛かってきたから、心配でさ」
それを聞き、真理は「あ、こんな時間か」と呟いた。そして、よかったよかった、なんて顔をする。そんな彼女を見て大沢は心配そうだった。
ところが当の真理は、他の人にはない強さを見せた。例のシロモノが兄の傑作とも知らず、現物を手にしてコクリとうなずく。
「大丈夫! 今日からこの防犯ブザーをお守りに頑張るね!」
「おいおい。あんまり嬉しそうにするな」
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帰り道、大沢は真理に焼き芋を買ってあげた。世界一の笑顔で頬張る真理に、大沢はため息交じりに声をかける。
「真理、辛かったら……いや、辛かったとしても、僕にできることなんてないか」
だが、真理は精一杯笑い返した。まっすぐ大沢を見つめる彼女の笑顔は、誰よりも強いに違いない。もっと一緒にいたい。もっとたくさん伝えたい……でも、彼女にはこれしか言えなかった。
「真理は応援してる。いつでも応援してる!」
大沢はそれを見てうなずく。と、ここで真理が隠し持っている何かに気が付いた。
「ところで、このノートはなんだよ? 僕の絵が描いてあるって……」
あ! 真理は慌てふためいて、プイっと顔を背けた。ちょっと照れくさそうに。
「知也くんには見せないもん!」
「なんだよ、ケチ」
そのノートが原因でひどい目に合ったのも忘れて、真理は嬉しそうだ。会えない日が二人を強くする。そして彼女は、おそるおそる尋ねた。
「えっとさ。今日はボクシング部、どうだった?」
「ん? そのノート、やっぱり僕のことが書いてあるのか?」
「ち、違うよ! 全然、絶対違うよ! 知也くんには、まだ見せないよーだ」
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「あの日のこと、真理は笑顔で話していたよ……いい思い出もある。悪い所ばかり見ちゃだめだ。な、知也」
隆にそう言われ、大沢は少し笑顔になったが、やはり陰りを見せた。
「でも、僕はモグラ先輩の言う通り、真理を……」
「うむむ。意外とウジウジと過去に縛られますねえ。僕なんかは、前を向いてるんだぞ」
個人的に、隆は前以外も向いてほしい。今日だって「どこでもクナイ」が壊れていたからよかったものの、使えたら登っていたところなのだ。
が、オジサンは珍しく一肌脱いだ。
「うん。あの『知也くんの記録』を探してあげよう。あれこそ、真理のためにボクシングを始めた証拠だもんな」
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その日、小泉は帰り道で坂野と鉢合わせた。目が合ったが、先に坂野は視線をそらした。そんな彼女のポケットに、小泉は紙切れを突っ込んだ。
「私はこの勝負から降りるわ。あなたなら高田真理の代わりになれる。私には無理よ」
風向きが少し変わった。心地よい風が吹いてきた。
小泉の勝手な計らいで、大沢と坂野はついに映画デート。だが、二人ともどこかぎこちない。
「あ、えっと。かわいいね、坂野さん」
「そ、そう? ちょっと子どもっぽいかなって思ったけど」
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「坂野さん! ポップコーン二人分って言ったけど、多すぎるよ!」
「だって! 大沢くんいっぱい食べると思って……」
「坂野さんもMサイズなのに、僕、Lサイズって食べきれるワケないだろ!」
「いい映画だったね、坂野さん」
「うん。本当に良かった。大沢くんは、どの辺りが良かったって思う?」
「ぐ、パンフレットに描いてある感じだなあって……」
「大沢くん、良かったみたいね。空調とリクライニング」
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せっかくのデートだ。二人は併設のゲームセンターにも寄った。
「大沢くん。クレーンゲーム、やってみる?」
「いいよ。好きな物とってあげるよ」
「ふーん。やれるもんなら、やってみな」
なんだよ、この態度。好きな女の子とはいえ、大沢はムカついたが、本気を出してレバーを握る。
「……おい、坂野さん。このマシーン壊れてるぞ。どこを押しても、何も動かない」
あーあ。やっぱりそうだったのか。小泉のメモの通りだった。坂野は嬉しそうに呆れ顔を見せ、皮肉を言ってやった。
「大沢くん、機械は全部『マシーン』らしいね。百円玉入れなきゃ、一生遊べないよ。昔、真理ちゃんや小泉さんのゲーム機を壊したんでしょ。で、弁償したら、お年玉が全部なくなった。これから少しバカにしようっと」
「な、何でそんなことまで、知ってるんだよ!」
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そしてフードコートへ。どちらからともなく、ハンバーガーを食べようとなった。
「大沢くん……ハンバーガー、何個食べる?」
「1個」
「え!? 1個ってことはないでしょ」
「いいや、1個。坂野さんは何個食べるの?」
「……1個」
「見え張らなくていいよ。6個食べたいんだろ」
「な、何でそんなことまで知ってるの! それは健太郎くんしか知らないはずじゃ……」
あーあ。やっぱりそうだったのか。
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「どうしたんですか、おじさん。職員室になんか呼び出して」
「学校に電話が掛かってきてね。遠藤健太郎という人だ。お前と坂野、さらには真理の事まで妙に色々知っていてさ。僕が電話を取らなきゃ、他の先生は無視しただろうけど」
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