22話 危機
「次の依頼、次の依頼っと」
猪俣蚕は大繫盛だった。もはや共学の平和を守っているのは、先生ではなく猪俣だ。さすがに教師陣も、暴力を使って色々解決するワケにいかない。その点について、コロシ屋に問題はない。それが問題の様な気もするが。
「えーっと? 汚ねえ字だな」
【2年男子です。 毎日、女子にカカト落としをされています】
「無視で」
【3年男子です。 王子様扱いしてほしいので、女子を全員「○○姫」と呼んでいるのですが「石川くん、キモイ」って言われました】
「これも無視で」
依頼には優先順位を付けている。女子と1年生を優先的に助け、価格も5千円に下げた。
そしてその日、家で依頼文とファンレターを読んでいると、電話が掛かって来た。
「714番、お願いします。天唐高校の体育館裏です」
例の緊急で依頼するときの番号だ。解読すると……
猪俣に依頼をするのは7回目。だが、声の主に聞き覚えはない。十の位が1だから極秘裏で。そして一の位を踏まえると、急がねば。猪俣は引き受けた。
「今、誰に絡まれているの?」
「学校の男子生徒です。今すぐお願いします」
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「……遅かったか?」
現場に着いたが、誰も見当たらない。すると。
「来たか。思ったより美しい顔立ちだな」
男子生徒が一人、立ちふさがった。顔に布を巻き、素顔は見えない。だが、コイツくらいなら勝てそうだ。猪俣は丁寧に睨んでやった。
「お世辞をどうもありがとう。で、騙されたワケなの? ビリーザキッドを甘く見ない方がいいわよ」
しかし、振り向いた時には遅かった。ガタイのいい男たちが、自分の周りを取り囲んでいる。猪俣は逃げようとするが、どうあがいても無理だ。少し、呼吸が乱れる。エキサイティングは関係ない。平たく表現すると、危ない。猪俣は軽く舌打ちをすると、牽制しつつ威嚇した。
「なによ。女一人に、これだけ男がいないと止められないの?」
共学になってからも、猪俣は自分が無敵だと思っていた。だが、ここまで派手に仕事をしてきた私は……どうやら恨みをかっていたようだ。男は気だるい目で迫ってくる。そしてツバを吐き捨て、ようやく名乗った。
「俺たちはお前と同じ殺し屋さ、唐海のね。だが、お前とは違う。まず、団体で動く。そして……どんな汚い依頼も、引き受けるってことだっ!」
その瞬間、猪俣は金属バットで殴られ、気絶した。目の前が光って、お母さんの顔が浮かんだ。
【714……7月14日は、ビリーが殺された日。面白い事してくれるじゃん……】
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「起きろっ!」
強烈な鈍い痛みで、猪俣は目が覚めた。ここは、廃墟ビル? 見覚えがある! そして気が付いた。手がバンドの様なもので縛られている……猪俣の頭は状況を把握しきれない。
「久しぶりだな」
「……!」
そこにいたのは、モグラ・吹野英だった。半年前に向き合った時より、圧を感じる。あの時は、ヤンキーとか不良って感じだった。しかし。こいつは、ヤクザだ。そんな猪俣に、モグラは不快な笑みを浮かべる。
「猪俣蚕。俺の依頼を引き受けてくれ」
「……じゃあ詳しく聞きたいから、腕をほどいて。うぐっ!」
モグラは猪俣の腹を一発殴る。そしてゆっくり話し始めた。
「依頼の内容は復讐だ。大沢知也、小林翼、猪俣蚕。この三人には、一泡吹かせられたからね」
頭の中は混乱していた。だが、猪俣は「へっ」と嘲笑い見下してやった。
「……それを私に依頼するの? ワケわかんないんだけど。唐海の殺し屋は、団体行動をして、汚い依頼も引き受けるって。そいつらに頼んでよ。紹介してあげようか?」
モグラはもう一発、灰皿で猪俣を殴る。徐々に機嫌がよくなっていった。お前の「コロシ屋」なんてのも犯罪のひとつだ、仲良くしようぜ。モグラは卑しい握手をする。汚れている手だ。痛い。握りつぶされそう……そしてモグラは核心に迫った。
「お前が聞きたい事は話した。それより何か無くしたものはないか?」
「なんの話よ!」
それを見せられ、猪俣は顔から血の気が引いた。ロケットだ。自分の全てを失った様に、彼女はジタバタした。
「お、お母さんのロケット……返して、返して! お願いします、返してください!」
モグラは笑いが止まらない。気に食わなかった。強さの源がお母さん。きれいな話であればあるほど、コイツのやっていることが気に食わなかった。勝ち誇ったように、モグラはロケットをちらつかせる。
「ジョーホー通りだ。これが無くては息すら出来ない。本当だったな。大好きなお母さんをクズにした、それ以上にクズなオッサンの写真を入れているだけなのによお……それと、もうひとつ気が付かないか? これが大事な物って、お前は誰に話したっけ?」
その人物は現れた。
「あ、アホンくん……どうして」
アホンは唇を嚙みしめている。猪俣が視線を投げても、アホンの目は、あの日の空より曇っていた。苦しみを絞り出すように、アホンは呟いた。
「許してください。猪俣さんのことは好きだけど……」
もう何も分からない。猪俣はがっくりとなった。怒りも悲しみも出てこなかった。全ての魂が抜けきった様に、膝から崩れ落ちる。人に頭を下げるのは久しぶり、いや、初めてだった。でも、なんのためらいもなかった。許しを乞う様に頭を下げた。
「分かりました。何でもします。少なくとも、私への復讐はこれで満足してください。小林くんと大沢くんを、どうすればいいですか」
ところが、モグラはどこまでも卑劣だった。この女は秀でている。使い方を間違えなければ。さも愉快そうに、彼女の髪をなでた。
猪俣ちゃんか……もう俺の言う事しか聞けないようだ。モグラはイチからやるべき仕事を教えてやった。
「いいか、コロシ屋さん。順序があるよ。このロケットを返してほしけりゃ、俺の依頼を全部こなしな。まずは、天唐高校にある個人情報を盗んでくれよ。それくらいできるんだろ?」
もう人の眼ではない。サイコマシンと猪俣は化した。
「分かりました。なんでも言うことを聞きます」
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