13話 悪魔の弟子
今日は日曜だというのにツイてない。隆は当直だったので、天海の職員室にいた。
「どうも~小場加山です!」
「ショートコント! もしも美人ニュースキャスターが、突然オバサンになったら」
「続いてのニュースです。東京都、港区で強盗事件が発生しました」
「あれ? どこがオバサンになっているの?」
「視聴率=年齢!」
「やだあ。見られたくない!」
「……小場先生、加山先生、うるさいです」
うっかり「お二人がいても、何も面白くないです」なんて言ったので、逆恨みされた。その結果がコレである。
「いやあ。のびのび高田先生をいじめられて楽しいですよ、私たち。ほら」
「だから! 二人とも僕に頬寄せるのをやめてください! 大体、あなた達は当直じゃないでしょうが!」
小場と加山はノリノリだ。おまけに水鉄砲まで持ってきた。水鉄砲まで持ってきた、と書けばそれでいい。作者も、あまり関わりたくないのだ。この後はトランプで「オババ抜き」を遊び、昼ご飯は「オーバーガー」をいただき……楽しみは尽きない。
その時、学校では緊急事態が発生していた。しかし、知る由もない三人は、愉快な時間を過ごすのであった。とがめはしないが、何のための当直なのだろう。
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電話が鳴った。
「はい。猪俣です」
「115番」
「はいはい。どちらへ行けばいいですか?」
コロシ屋・猪俣蚕に緊急で依頼するときは、この番号で伝える。百の位は過去何回、猪俣に依頼をしたか。十の位が1ならオオヤケにしてほしくない。一の位は1~5までで数字が大きいほど危険性が増す仕事。要約すると……
【初めての依頼人が、大っぴらにできない、とんでもない危険にさらされている】
とはいえ、最初の依頼人というのはおおげさ。すぐ「5」とか言う。猪俣はとりあえず、どこへ向かえばいいのか聞いた。
「ほら。緊急なんでしょ? 現場は?」
「ご、ごめんなさい。私たち三人で学校へ来たら、変な大学生たちがいて。こ、こんなのが親にバレたら……」
「分かったから。どこなのよ」
「中間第三ビルだと思う」
「ちなみに、学校だったんでしょ? 助けを呼べばよかったじゃない」
「だけど高田先生、ピンのフリップ芸やってたから」
「ほお、興味深い。高田はなんてボケてた?」
「えーと『いやそれ、カップ麵のときじゃねーか!』って言ってました」
「うーん。肝心のフリップを見てないから、面白いのかよく分からないわね」
「やっぱり、ラノベなのに画像の笑いはダメですよね」
「あんまりシラケること言うな。電話だから分からないのよ」
猪俣の仕事にボケはない。ちゃんと内容も聞いたのだが、少々困ってしまった。助けたいが、相手はソコソコの犯罪者らしい。
そして、もうひとつ気になる。先ほどの電話で、依頼主が最後に言っていた人物だ。
「こ、コロシ屋さん。もうひとり、もっとヤバい男がいます! その男の人なんですけど……」
再び受話器を握り、一匹狼・ビリーザキッドは援軍を要請した。なぜ他人の個人情報を把握しているのか。話すと長くなるし、そんなのアリかよ! となるので、作者も黙っておく。とにかく電話を掛けた人物は……
「はい。大沢です」
「こちら猪俣蚕。すぐ中間第三ビルに来て」
「ど、どうした。主語も述語も足りている感じがしない。大体、どこで僕の家の電話番号知ったんだ」
そんな大沢に構わず、猪俣はスルメイカを食べながら手短に話す。では地の文も手短に。
「コロシ屋なの、私。で、そのビルに天海の女子を助けにいくんだけど、一緒にどう?」
「何が『一緒にどう?』だよ。なにかあったのなら、警察に通報しろ」
「そうはいかない。依頼主が大っぴらにはするなと」
「言ってる場合か」
「じゃあ、面白い事を教えてあげようか?」
……
「なるほど。その人物には会いたい。僕も行くよ」
「了解! 恩に着るわ……ところで、今日ヒマだったの?」
すると大沢は「教えない」と来たもんだから、猪俣の性格上聞くまで食い下がる。これに関しては仕事など関係ないので、執拗である。猪俣蚕、スルメイカの様な十本の足で大沢を逃さない。緊急性より面白さ。大沢はついに観念した。
「わ、わかったよ。教えるよ。今日、坂野さんと映画を見に行く約束だったんだ」
猪俣はそれを聞き、自分が思った通りの展開となって笑いが止まらない。スルメイカを吹き出してしまった。
「なーんだ、そうだったの。じゃあいいわ。デート、行ってらっしゃいな」
「ちょ、ちょっと待てよ。お前だけで、あんな連中の元へ?」
「いいから、いいから。緑をガッカリさせたら承知しないよ」
その瞬間、大沢は鋭い痛みを感じた。
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あの日、僕は中学2年生として大会に挑んだ。去年白星を挙げた小林翼に、あっさりダウンを奪われた。
「何も感じない……去年の君は何だったんだ。懸命に応援したあの女の子のために、君はもっと強くなっていると思っていた。準優勝というのはこの程度か。もう一度立て!」
「うるさい……どいつもこいつも消えろ!」
あの一報を受ける10分前。僕とその男しかいない、何もない部屋。男は僕を殴り倒した。不思議と痛みは感じなかった。彼が言うことにも、心の痛みを感じなかった。
「やはりこの程度か。お前なら溺れてしまうと思ったが、高田真理を憎みきれなかったというのか。くだらん」
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「やっぱり、僕が行っちゃダメか?」
「ダメ。来たら殺す」
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中間第三ビル。廃墟である薄暗いビルは、犯罪の温床となっていた。
「お願いします! もうやめてください!」
「ごちゃごちゃ言うな! もうお前たちは、ただの女子高生として生きていけないんだよ!」
その時、懐中電灯でパッとその場は明るくなった。ヒーローがやって来たのだ。
【猪俣蚕のテーマ ~荒野が私を呼んでいる~】
作詞 石川一 「先生はおバカさん! 主題歌&キャラソン集」より
強いぞ 強いぞ 猪俣蚕
弱きを助けて 今日も行く
泣き虫だった 小さな頃も
夢に見たのさ ビリーザキッド
意外な趣味は アーチェリー
これで狙えば ギリギリ合法
悪を射抜くぞ コロシ屋の名にかけて~
2番
偉いぞ 偉いぞ 猪俣蚕
こういう時、歌手(=猪俣)はオンチというのがお決まりだが、なかなかの歌いっぷりを見せた。しかし、チンピラの一人は耐え切れなくなった。
「アーチェリーでも、人を狙えば違法だろ」
隙あり。猪俣はハイキックを決めた。
「アンタが言えた立場かよ!」
猪俣、いいことを言う。そしてビデオカメラを高く掲げた。コロシ屋・猪俣。手際の良さを見る限り、向こう見ずとは言い切れない。仕事を終わらせて、さっさとこんな場所から立ち去ろう。こういった場合のマニュアル通りに事を進めた。
「私が言う通りに、動いてもらうわよ」
ところが、他の男たち5、6人は猪俣を取り囲んだ。それなりに格闘技の心得がありそうだ。じりじりと迫りながら、大柄な男が低い声で脅しにかかった。大抵の人間なら、ここで全てが終わってしまうだろう。
「おいおい。こんな所に女一人でよく来た。その勇気は褒めてやるが……」
秘技・猪俣アタック! ジャンプをした後、自分自身が爆発して、ダメージを与える
目がくらんだ男たちを避け、猪俣は女子生徒を連れて逃げる。秘技・猪俣アタック。まあ、構わないんだけど、説明は足りない気がする。ダメージを与える、ってナニ? ここは割とシリアスな場面なのに……ところが、おふざけの時間は終わった。
「悪いな。もう知っていると思うが、通路はこの一本だけだ……面白かったぜ。お前を見ている分には。強くなるまでに色々あったようだな。ひとつずつトラウマをあぶりだしてやるよ」
振り向いた先に立ちふさがった男は、明らかに強そうだった。拳には突起のついた金具が。まともに喰らったら「痛い」なんて程度では済まないだろう。これがウワサの……恐怖半分、興味半分で、猪俣は笑みを見せた。
「私は大沢知也より強いけど、戦ってみない? モグラさん」
モグラ、吹野英はプロボクサーでありながら、道を踏み外したようだ。彼は挑発する様に、その場にあったドラム缶を一発で潰した。ヒイっと他の女子生徒は悲鳴をあげる。猪俣も少し油汗がにじむ。モグラは楽しそうだ。不愉快極まりない様子で。
「面白いな。だが大沢は見込み違いだった。半端な男だったよ、アイツは……いいだろう。ガキ、しかも女。どこまでプロと戦えるかな?」
モグラと猪俣は牽制し合う。空気は張り詰め、一触即発の沈黙。呼吸が乱れる。
一瞬、モグラが半歩踏み込んだ。反射的に、猪俣は飛び膝蹴りを放つ! だが。
「あ、当て身投げ……」
「誰がボクシングで勝負と言った? お前だって蹴りを使っただろう。おい、全員逃がすな」
GAMEOVER
理由1 猪俣が喰らった当て身投げで、後頭部に壊滅的な痛みが走ったから。
理由2 緊急連絡のための携帯が、そのはずみで壊れたから。
理由3 助けようとした女子たちが、人質になっているから。
次の一手が思いつかない……だが、それは全て「猪俣一人で助ける場合はGAMEOVER」というだけだった。
「モグラか。個人的な興味はあったんだ。大沢知也をあそこにまでした師匠。だが、こんなクズだとはね」
モグラを含め全員が振り返る。猪俣にだけは、その正体が分かった。
「……大沢くん、余計な事してくれるわね」
逆光に映ったシルエット、小林翼だ。一瞬、動きが止まったモグラだが、再びドス黒い顔になり、小林を脅した。
「なんだ、お前は。俺と大沢を知ってるのか?」
「もちろん。僕は大沢に中学1年の時、負けました。あなたが大沢にボクシングを仕込んだのは、その大会の後らしいですね。あれから、僕は一度も大沢知也に負けていない。つまり、あなたが教えたアッパーとやらで、彼は弱くなったワケだ」
小林翼。冷静に見れば、かなりの危険にさらされているが、あっさりしている。小林自身も自分の優等生キャラが気に入っていないようだ。僕は強いヤツと戦いたい。時には乱暴も楽しみたい。ケンカに使っても構わないと、いつものグローブを取り出した。
「僕が勝ったら、警察には出頭しなくていいから、猪俣さんたちを解放してください。ワルモノって、その程度で許してもらえるなら、負けてもいいんだろ?」
小林翼がモテる理由。少し分かった気がする。きっと、このテキトーな感じ。悔しい。僕(=作者)はこんな男が大嫌いだ。そして小林は猪俣に目配せをした。
「コロシ屋さんだっけ。とりあえずこの条件でいいかな? 大沢くんから連絡があって急いだけど、遅れたみたいだ。運転には自信があるから車を飛ばしてきたんだが、道が渋滞していたよ……休日の高速道路よりは手強いかもね、コイツら」
ヒーローは、遅れてやって来る。
モグラは他の連中に「見ておけ」と座らせる。こうなった以上、猪俣も下手に手出しできない。頭もズキズキと痛む。戦闘態勢は崩さないが、上手くいくことを祈るほかない。
まず、小林が頭にいれておくべきは2つ。これは、あくまでケンカ。いつ何が起こるか分からない。そしてもうひとつ。ここは別の意味でリングではない。コーナーに追い詰めてのローリングサンダーが得意な小林だが、ここには当然コーナーがない。
すると、完全に攻撃態勢になったモグラが、ラッシュを仕掛けてきた。リングの上ならもう少し受け流せるが、ケンカ流は小林も知らない。もろに2発くらった。
だが、威力こそあるが、重めで鈍い動きともいえる。小林は素早くかわして、必殺技、ローリングサンダーの形に持って行った!
「……ほお。謎が解けたかい? 大沢の驚異的な反射能力。これが答えだよ」
そんな。このモグラってやつ、速いのか遅いのか分からない。緩急?
「うわっ!」
キツイ一打で、小林はコンクリートに倒れた。モグラは馬乗り状態で、小林を殴り続ける。ケンカ流、黒い力、相手を壊せばそれでいい。モグラにとって、ボクシングなど生半可。みんなが大好きな、ルールに縛られた遊びだった。汚い言葉で小林を握りつぶす。
「お前も大沢と同じ程度だ。こういう人間は、涼しい顔をしてやがる。憎しみだ、それこそ人間を一番強くする!」
このままでは彼が最悪の結末を迎える……! 猪俣は思わずモグラを突き飛ばす。イヤな予感が的中するまで、1分もなかっただろう。
「小林くん、行こう! こうなったらなんでもいい。早く逃げよう!」
ところが、モグラは素早く起き上がった。
「ほお。なんでもいいなら、こちらもそうするか」
モグラが指を鳴らすのを合図に、全員が二人に襲い掛かる。その場は大混乱となった。コイツら、後先を考えていないのだろうか。小林は首を絞められ、まともに息ができなくなった。
しかしその時、チンピラの一人が気付いた。
「他の女子はどうした。逃げたのか!?」
そいつは急いで通路へ向う。すると、バタッとその場に崩れ落ちた。モグラが見に行くと、そこには主人公が待っていた。
「ご無沙汰しています、モグラ先輩。噂と大分違いますね。プロの片隅で頑張っているはずでは?」
ヒーローは遅れてやって来る。大沢だ。鋭いまなざしで、モグラの前に立ちはだかる。
「もう知っていますよね? 一本だけの通路の先に、あの女子たちはいます。通しませんよ」
モグラは軽く舌打ちをする。が、少し背が伸びた大沢を見ると、再び構えなおした。師弟関係ではなくなった。だが、コイツに憎しみをもう一度叩き込むのも悪くない。モグラは吐き捨てる様に言った。
「面白い。じゃあ久しぶりに、ルール無用の一本勝負といくか」
……
「猪俣、小林! 危ない!」
大沢の叫びを聞き、パッと二人は振り向いてかわす。金属バットで殴られるところだった。モグラは気だるそうな感じで、大沢に人差し指を突き付ける。
「強いて言えば、これがモグラ流だ。いい具合に憎しみが溢れてきただろ」
「先輩、時間が無くなりますよ?」
「じゃあ、俺から行くぞ」
名もなき試合は始まった。
だが、どうあがいてもプロのモグラには敵わない。ましてや、やる気をなくし、練習をさぼっている大沢なら。小林と猪俣も、援軍をさばくだけで精いっぱいだ。モグラは大沢にたたみ掛ける。
「お前は全てダメだった。もっと高田真理を憎めば、その力でなんでも手に入れられた。全国制覇でも、連覇でも」
「犯罪者として生きる道もですか?」
モグラはその瞬間、アッパーカットを放った。大沢に教え込んだ、大沢の必殺技。
……かわした。そして大沢は、迷いのないストレートを思い切り決めた。
「先輩、その力は確かに強い。でも、限界がある強さです」
モグラは膝から崩れ落ちた……唇を嚙みしめ、這い上がろうとする。憎悪の力は醜く牙を剝いた。
「ふ、ふざけるな。憎しみが生むものが何かを、まだお前は分からないのか! 行くぞ!」
「あ、先輩すみません。制限時間、終了です」
遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。まあ要するに、ヒーローうんぬんというのは警察なのだ。
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