9話 家族写真

「いやあ、小林くんありがとう。これでビデオテープは、小場先生と猪俣の、計2本が無事ゴミ箱行きだ」


 しかし、以前から思っていたのだが……女の子を見る僕の目に、狂いはないはずだ。そのためだけに「ゲームは控えめ。視力を守りましょう」という、高田に伝わる、もうひとつの家訓があるのだ。隆はポツリとつぶやいた。


「坂野は僕が見る限り、真理には似てないと思うんだけどなぁ。だからこそ『カワイイ』って思ったワケだし」


 そして、イヤらしい気持ちでビデオテープをゴミ箱から拾った。減るもんじゃないし♡


「ちょっとだけ見ちゃお」


OoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOooh

きっと来る~ きっと来る~

OoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOooh


「全然違うじゃねーか! 猪俣、いい加減にしろぉ! どう考えても、このビデオは欲しくない!」


 ん? 裏になんか書いてある。


======================================

 ボクシングの「リング」です。

======================================


「やかましいわ‼」

 

 そういえば、小場から奪ったビデオテープもあった。こっちは?


【さあ、早めに押しました。白、愛知県からお越しの、小場佳代子さん】

【その問題の答えは「ただいま帰りました」でしょうか】

【お見事、正解。さて、何番のパネルに入る?】


「……番組が何かは分かった。だけど、答えが『ただいま帰りました』って問題、どんなんやねん」


 うーん。とりあえず、その答えを25回叫んでみるか。


「ただいま帰りました! ただいま帰りました!」

「うるさい、隆! 聞こえておるわ!」

「どわっ‼」


 丈三だった。ある意味、このビデオで良かった。ちなみにホラー映画を見るのも「怖くてトイレに行けなくなるから」という、分かる様な分からない様な理由で、高田家ではご法度である。それはどうでもいいのだが、丈三は今日も声を荒げる。


「隆、思い出してはならん。あの恭子が我が家にいた日々は、苦行そのものだったぞ」


======================================

「ただいま帰りました!」

「おかえり、隆。もう、みんなでドーナツ食べているわよ」


 恭子は毎日おやつを用意して、みんなの帰りを待っていた。そういえば、ドーナツの日が多かった。母の手作りドーナツを食べられる日は、もう二度とないだろう。まして、家族4人で食べるなんて。真理と隆は、いつだって喜んでいた。が、一番喜んでいたのは……


「よっしゃあ、ドーナツか! 私はチョコレートをいただく!」

======================================


「あの悪女め。チョコレートのドーナツなど作りおって。あれはきっと、毒入りだったに決まっておるわ!」


 その時、壊れかけていた「イイナズケの小屋」の扉が、本当に壊れてしまった。


「バウっ!」


 優美が丈三に嚙みついた。この愛犬である優美は、丈三と恭子が離婚してから高田家にやって来た。だが、この家族に何があったか、おおむね分かっているのだろう。振りほどく丈三の手は、ちょっと赤く滲んでしまった。


「な、何をする! 私は義理の父親だぞ!」


 すると隆は優美を側へ座らせ、珍しく口答えをした。イヤらしい気持ちは無くなったようだ。優美も嬉しそうにクルクル回る。


「悪女じゃありませんよ。真理が亡くなるまでは父さんだって、母さんが好きだったでしょう」


======================================

 今でもよく覚えています。あれは、まだ真理が小学生だった頃です。


「お兄ちゃん、夏休みの作文書けたよ! 読んで!」

「うん。よく頑張ったな。どれどれ」


 ……


「真理。題名が『大好きなお母さん』なのはいいけど、母さんを褒めちぎるだけの作文だな」

「ご、ごめんなさい。お兄ちゃん」

「あ、いや。いいんだけどさ。バカとはいえ、父さんのことも書いてあげたら?」

「そしたらお母さんのこと、半分しか書けなくなっちゃうよ」

「半分? あはは、いいよ。あんなバカみたいな父さんのことを、半分も書かなくて。ちょっと書けば、あんな程度の父さんも嬉しいと思うよ」

「ダメ。お父さんも書くなら、真理、ちゃんと半分書きたい!」

======================================


「嬉しい思い出だな。少々、お前の発言に思うところはあったが」


 温かい空気が流れる。丈三は、娘と妻に思いを馳せた。だが、真理と恭子は自分の幸せを祈ってはいないだろうな……温かい空気に、少し寂しさの香りがした。


 が、イカン。あまり隆を信頼してはダメだ。コイツはガキの頃、3本しかなかった丈三の髪の毛を抜いて、残るは1本のみとなってしまったのだ。この1本は、毎日ドライヤーをかけて大事にしている。意識を取り戻して丈三は叫んだ。


「だが、男もバカである、いや、隆はバッカモーンであるという点は譲れない! 隆の嫁は我が家の愛犬、チョベリグギャルな54歳・優美であるのを忘れるな!」

「はっ! 父上!」


 それはともかく、隆は持ち帰ったプリントの採点を始めた。すいへー・リーベー ん? りい兵衛さんって数学だっけ。


「お前も立派になったものだ。真理の夢だった、教師になるとはな」


 丈三はそう言って、何となくプリント用紙を見る。


 なるほど。この生徒の成績はA判定。しかし、こちらはO判定。隆は厳しい教師なのだろうか。あれ、この生徒はAB判定……


「隆。全部、女の名前が書いてあるが、どういう事かな?」


【粋平りい兵衛 1600~1999年 忍店道水地の開発者。新潟出身】


 電話が鳴った。


「はい、高田です」

「今すぐ病院へ来て!」

「わっ! ど、どうしたんですか!?」


 母、恭子からの電話だった。何のことか分からなかったが、隆に嫌な予感が駆け巡る。家族4人の写真が急に棚から落ちたのだ。しかし、自分が取り乱すわけにはいかない。


「母さんどうしたんだ! 落ち着いて説明してください」

「真理が、私の車の前に飛び出して……いいから、早く病院に来て!」


「おい、真理。しっかりしろ!」

「真理! 真理! お願い死なないで!」


 真理は薄れゆく意識の中で、きれいな笑顔を見せた。いつもの笑顔なのに、声はみるみる小さくなっていく。


「お母さんの車でよかったんだよね……さようなら。お母さん、お父さん、お兄ちゃん……」

「何を言ってるんだ。お前は死ぬわけじゃない!」


 それから、もう一つ真理はつぶやいた。キャンドルライトの炎が、消えるように。


「知也くんに、ごめんねって伝えて……」

「えっ、知也がどうしたんだ」


 もう、何も答えなかった。真理は集中治療室へ運ばれてゆく。丈三は狂ったように声を上げた。


「恭子……お前が、お前が!」


 映画のフイルムは、悲鳴で引き裂かれた。誰が言ったか思い出せないけど、確かに口にしていた……2時間後に、彼女は息を引き取るかもしれない。


 かもしれない。真理がよく言っていたセリフだ。


「真理ね、今度のテストは、10点取れるかもしれない!」

「真理ね、もう友達にイジメられないかもしれない!」


 かもしれない。それは三人の中で大嫌いな言葉になった。恭子は泣きながらぐったりした。


「お願い死なないで……私はこれ以上、真理を不幸な目に合わせるわけには……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る