7話 パズル。泣いて、崩して、泣き崩して
「じゃあ、あとはどうぞご勝手に」
猪俣はその場を後にするが、大沢は申し訳なさそうに口を濁す。そう、この記憶が彼のトラウマ。今でも何かに握りしめられる。いや、締め付けられている。まるで白昼の悪夢を見るようだった。
「あまり話したくは、ない」
再び拳を構える猪俣だが、大沢の目を見てやめた。なんとなく分かる。この男は私と同じ過去を……しかし、猪俣は「過去」なんてものは、燃えるゴミと化していた。しかたない。財布からお札を取り出す。
「ごめんなさい。何か傷つけちゃった? でも契約上、引き受けた仕事は最後までこなしたいの。私に入る1回のコロシにつき、依頼料は1万円。分け前あげるから、話してくれる?」
「……さっきから思ってたけど、アンタ何者だ?」
猪俣は自分の正体を明かした。2億円のダイヤを盗んだとか、警視庁の不正を暴いたとか。なぜだろう。説得力がある。だが、つまらなさそうに聞き終えた大沢は、ビリーザキッドにお札を返した。
「過去は燃えるゴミ、か。アンタの過去が何かは知らないが、僕の過去は忘れたいけど捨てたくもない……どうしてもというなら、アンタ、僕の依頼を引き受けてくれ」
「ほお、興味深い。他校の生徒は高くつくよ。どんなご用件で?」
「……じゃあ、聞いてもらおうか」
大沢は一呼吸置いた。モノクロームの古傷が、口を開く。全て終わったはずだった。力、憎しみ、あの子の笑顔。大沢は自分で自分を傷つけ始める。
不思議な気持ちだった。この坂野という女の子は、僕の過去を知っているのでは……いや。そんなワケがない。気を取り直して大沢は語りだした。
「坂野さんだっけ。君は僕の遠い親戚、バカ教師の高田隆の妹に似ている」
先生の妹は……坂野はハッと思い出し、猪俣にその場から離れるよう言ったが、大沢は止めた。
「いいんだ。コロシ屋さんに聞いてもらわないとね。高田隆と少し歳の離れた妹、高田真理。僕と同い年の幼馴染だ。3年前に車に跳ねられて亡くなった」
猪俣も息をのんだ。
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振り向いたときには、目の前に車が。まだあどけない少女が、強い痛みで道路に横たわる。
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「真理は優しいけど、不器用な女の子だった。勉強も運動も出来なくてさ……」
そこまで聞くと、猪俣は口を挟んだ。依頼の要は聞いておきたい。
「大沢くんは彼女のコト、どう思っていたの?」
それには答えず、大沢はうつむいた。彼の心に残る、息をしていない真理。思い出す度に「知也くん」と声が聞こえる。僕の気持ちを知らないような無邪気さで。モノクロームのフイルムは擦り切れていた。
「真理は事故死となっている。でも、本当は自殺なんだ」
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僕が中学2年生だった、平成8年。真理が亡くなったのは、夏の大会、初日だった。
あの日の早朝、電話が鳴ったんだ。誰が掛けてきたかのか、すぐに分かった。意に反して、僕の右手は受話器を取った。
「もしもし、知也くん?」
電話の向こうの彼女は、やはり思い詰めている様だった。
「今、悩んでいることがあるの。伝えようか、本当に迷っているんだけど……」
彼女は何が言いたいのか。それも分かった。だが受け止める勇気は無かった。今でも後悔している。その時、僕は雑に電話を切ってしまった。
「忙しいから、また後にしろ」
「あっ、知也くん、待って」
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「で、でも。遺書とか、見つかってないんでしょ?」
だが、ひとつ、またひとつと集まって、パズルのピースはきれいにはまった。そこに出来た絵は、完成したことが悔やまれる美しさだった。坂野の言葉を拒むように、大沢は悲しそうだ。
「彼女は絵本が好きで、父親の丈三はよく買ってあげていたんだ。それが一冊残らず売り払われていた。死ぬ前に物を無くしたいっていうだろ。そして母親の恭子は、真理の遺書を隠した」
その話を初めて聞くとはいえ、猪俣も否定したい気分だった。彼女らしくもない虚無感だけで、感じたことをそのまま言った。
「そんな……あくまでウワサじゃないの?」
だが、真理の全てという映画は終わりだ。これ以上、教えられる物語もキャストも、存在しない。大沢は二人に力なく笑った。
「その遺書の事を問い詰めても何も言わないから、丈三は恭子と離婚した。そして真理が自殺をした本当の理由は僕だ……ボクシングなんて大嫌いだ」
大沢は、坂野と猪俣に缶コーラをおごった。話すのは苦しかったが、どこか聞いてもらって救われたのだろう。彼はやるせなさそうだが、笑顔を見せていた。
「悪かったな。僕も真理ほどじゃないけど、不器用だからさ」
「やっぱり大沢くんの依頼は、引き受けられないわ」
きっぱり言い返した猪俣は、本能的なカンが鋭い。このカンだけで、危ない橋を渡ってきたのだ。その正確さは自分がよく分かっている。2億円のダイヤを盗んだとか、警視庁の不正を暴いたとか、そんな話でハッタリをかましてきたとか。大沢に比べて、彼女は元気な笑顔だった。
「どうせ、真理さんについて調べてほしいんでしょ」
「そうだけど」
すると、猪俣はアゴで坂野を指した。
「スペアがいるじゃない」
「ど、どういう意味だ!」
だが、猪俣なりに申し訳ないと思っていたらしい。こうした方がいいんじゃないか。猪俣の発想は時に乱暴だが、間違っていないケースがほとんどだ。
「見た目も似ているけど、大沢くんが好きってのも一緒。緑の依頼は『大沢知也の真実を知って、お近づきになりたい』ってモノだったの」
「ちょ、ちょっと蚕! テキトーな話をしないでよ」
慌てる坂野を見ても、猪俣は全くひるまない。大きく投げた空っぽの缶は、見事にゴミ箱へホールインワン。運も実力のうちというが、カンも実力のうち。今だって、缶は適当に投げた。それでも、ちゃんと入ったのだ。
「分かるのよ。真理さんは自殺じゃない。いつまでもそれを引きずるのが、真理さんのためだと思うの?」
大沢は坂野の顔をじっと見た。あの夏の日が、思い出せそうで、思い出せない。
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知也くん! 一緒に帰ろ!
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「昨日会ったばかりだし、ちょっと気持ちの整理がつかないな……」
と、そこへ招かれざる客が。面白いですよー。この人はホントに面白いですよー。信じなさーい。
「こらあ、そこの三人! その制服は天海高校の生徒か! そしてお前は例の坂野緑だな。なぜ唐海高校にいる!」
上原校長の登場です。体育館以外でもマイクを握っている意味が全く分からん。思わず坂野は聞き返す。
「こ、校長先生こそ、なんで唐海高校に来ているんですか!?」
「そんなの決まっておる! 唐海高校の校長室に忍び込んで、下原さんの留守電をチェックじゃ! お前ら天海校の生徒がふしだらな行為をするのは許さない! というか許せない!」
天海の上原と唐海の下原。血で血を洗う関係は、大沢にとっても死活問題。
あの日、ジャンケンで勝ったら道子を譲ってほしいと上原が言って、それで下原が「最初はパー」で勝って、それを目の当たりにした上原は怒って……
いや、どうでもいい。大沢はとっさに写真を取り出した。
「天海校の先生! これ、僕が中等部だった頃の写真です! 僕の隣に写っているのが、幼馴染の真理です。えーと、だからですね。この女の子は坂野緑じゃなくて、高田真理なんです! お団子頭にしていないだけなんです!」
上原は隠れている隆をジロリと見る……ああっ! そういえば「高田」って聞き覚えがある名字だ! なんだっけ、この男の名字? 高田のババアさんだっけ。あれでもコイツ男? いや、とりあえず名字だけ覚えていれば何でもいい。
「高田クン、その真理さんを知っているのですか? まさか君、また坂野とトラブルを?」
アホVSバカ。勝率五分な団栗の背比べ。しかし、今日は人数的に4対1で優位! 坂野ら生徒と高田教師の美しい助け合い。隆は便乗して適当にごまかす。
「こ、この生徒は坂野緑ではなく、妹の高田真理です。ほら、顔や背格好は似ているでしょう?」
すると、上原はちょっと考え「豆電球がピカッと閃いた!」って感じで、今度はもう一人に指を突きつけた。あの煮卵の恨みは忘れていない。
「もう一人の生徒は、猪俣蚕ではないか! 教師生命クエスチョン! を顧みないワシをほったらかしおって……もう優しくしてあげない!」
猪俣は大沢に合図を出す。
「面倒くさいから、ほら、いくよ」
ガツンと一撃をくらわせて、二人は上原をノックアウトした。なぜ、この時にタライが落ちてきたんですか? 誰かコメントお願いします。
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