6話 場内ではお静かに。場外乱闘もお静かに

 放課後。隆は天海女子高校の宿敵、唐海男子高校に坂野を連れて行った。車を止めた場所はボクシング部だ。「気合を入れろ!」と、声を張り上げる男たち。坂野はさっそく、暑苦しい雰囲気に嫌気がさしてきた。


「ねえ、一体どういうコト? 私、ボクシングなんて興味ないし、汗臭いのは苦手なんだけど。それに、ライバルの唐海高校に来たらマズいんじゃない?」


 だが、隆にとって、ここは少し特別な場所だった。アイツ、変わってないな。あの頃から何も。ボクシング部を窓から覗くと、リングにいる少年を指差した。


「あそこにいる、青いヘッドギア……スカスカのヘルメットを付けている男。まあいいから、アイツを見てみろ」


 スパーリングをしているようだ。いわゆる実戦形式の練習。しかし、青いヘッドギアの人物は、赤いヘッドギアの相手にかなり押され気味だ。


「なんだ。顔もよく見えないし、負けそうじゃん。これなら赤いスカスカヘルメットの方が、カッコいいかも」


 だが、次の瞬間。青いヘッドギアは強烈なアッパーカットを決めて、赤いヘッドギアを一発でノックアウトしてしまった。この必殺技、まともに喰らって倒れなかったヤツはいない。その強さの源……話せば長くなる。


 が、そんなコトは後回し。ここら辺は隆のくだらないギャグパートなので。


「な。カッコいいだろ、あの赤いヘッドギアより、よっぽど」


 隆にそう言われて顔を見ると、青いスカスカヘルメットの男子は、確かにカッコよかった。ラノベの主人公に持って来いって感じの、男前だった。で、赤い方はというと……ラノベのボケ役に持って来いって感じの、アホ面だった。


「青い方の彼は大沢知也。唐海高校2年。僕の遠い親戚さ」


 坂野はちょっとだけ、大沢がイイナと思った……みたいで、よかったぁ。危ない、危ない。高田隆は細いロープを渡り切った。完全犯罪大成功。


「ほら、アイツ紹介するからさ、手紙とプリクラの写真、ごまかしてくれよ」


🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵


 リングを降りた大沢に、同じ2年の石川がタオルを持ってきた。ボクシングの部員とは思えないほど、ヒョロヒョロしている。そして腹が出ている。きっと体に悪いものが大好きなのだろう。どうせポテトチップスもコンソメ派に決まっている(コンソメ派に謝れ)


「やあやあ、お疲れ様です。今日も必殺技のアッパーカット、冴えてるね」


 まあな、と言って汗を拭く大沢。大沢と石川……この二人には、知られてはならない秘密がある。その秘密はこのラノベの全てを握っている、といっても過言ではない。石川は文字通りの熱い想いを、大沢に語った。


「……オレと一緒に、ボクシングやめようぜ。大沢」

「は?」

「オレは……オレはこのラノベを、異世界ファンタジーにしたいんだ。しかも、猫のコスプレギャルが主役の」

「ここまで書いたのに?」

「そうだ……『文字通り』とは、まさにその事だ。文字、というか文章を、ファンタジーに変えたいんだ」


 あえて文字通りに表すと「ボコッ!」という音が、石川の額を直撃した。大沢は石川(=作者)の意に反して、ラノベのプロットを解説しはじめる。


「石川。僕はアイツのために、ボクシングをやめるわけにはいかない。それが、僕の生きる意味なんだ」

「……分かっているさ」

「では、なぜ僕をやめさせる!」

「……ボクシングの……ルールを知らないからだ」


 ボコッ!


「じゃあ、こうしよう。このラノベで、ボクシングのルールはオリジナルだ」

 


掟その一 このラノベにおいて、ボクシングは攻撃をパンチのみとする



「あの。それくらいは分からんこともないぞ」

「黙れ。お前のために、無理を通してるんだ」



掟その二 パンチで相手を倒し、その相手が十秒以内に

     起き上がらなければ自分の勝ち

以上 精進あるのみ



 ある意味、これが可能なら既にファンタジーな気もするが、ご理解の程お願いします。今まさにこの文章を書いている途中で「ボクシング用語」とネット検索したのですが、ボクシングにもサウスポーってあるんですね(無責任)


 そこへ、隆と見知らぬ少女が。しかし、大沢は知っている。隆がやってくるとロクなことがない。今日も「金を貸せ」と、言われる程度の用事だろう。逃げるが勝ちだ。だが、その見知らぬ少女は……


「お前、そんな」


 呆然とする大沢に、隆は坂野を紹介する。生徒と生徒を仲良くするのが、教師の第一歩。基本中の基本。これまた無理やり、坂野と大沢の距離を詰めさせる。


「どうだ、知也くん。彼女は坂野緑。今なら特別に、血液型と好きな食べ物を教えてあげよう。おそらく、新潟の焼き魚と、それに合うスダチ」


 自己中な極まりないが「どうだ、知也くん」がたいてい迷惑であると、大沢は百も承知だ。


 この前も、宝くじ屋さんを始めるから2千円貸せと言われたので、素直に貸したら親戚なのに連絡先不明となった。宝くじ売り場、なら分かる。宝くじ屋、もギリ分かる。だが、宝くじ屋さんってなんだよ。


 しかし、そこを蒸し返しては都合が悪い。大沢は適当に追い払うことにした。


「おじさん。僕に関わるの、やめてください。おじさんを含め、みんな忘れたいんです。坂野か誰か知らないけど、女の子と縁がなくて困っているのは、コイツですよ」


 すると、赤いヘッドギアのアホ面がにっこりした。さしずめ、アホボンといったところか。彼は西から日が昇る国の出身だった。


「どうも。交換留学のため来日しました、ダサイン王国の、アホンと申します。坂野さんだっけ? かわいいねぇ」


 近寄りがたい大沢、下心のありそうなアホン。助けてくれなさそうな石川。前門の虎、後門の狼(五右衛門の捨て紙)そこで、坂野はちょっと気になったことを口にしてみた。


「大沢くん、だっけ。ねえ、私の顔に何か付いてる?」


 だが、大沢はその秘密に触れてほしくなさそうだった。なかなかたどり着かないが、その理由こそ、このラノベの全てだ。彼は露骨に怒った。


「僕は無神経なヤツなら女子でも殴る。あんまり根掘り葉掘り、聞かないでくれ」


🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵


「くそぉ! スペードは出てくるのに、ハートが出ないんだよなぁ」


 次の日、天海高校の職員室で隆は占いをしていた。なるほど。自分で占えばタダなのか。あれから1日1回、あのインチキ占い師に4千円払った日々は何だったんだ。しかし、自分でやってもこの通り。


「ああ、もう! なんでスペードのAしかでないんだ! 通算65回もやっているのに!」


 そんな日本おバカ代表を見て、小場と加山は呆れる。小場加山はバカかもしれないが、世渡り上手ではあるのだ。この前も、某宝くじ屋さんを借金だらけにさせた。宝くじ屋さんが宝くじを当てたいとか店主は言っていた。それはともかく。


「諦めなさい。読者さんが誤解するので、解説しておきましょう。高田先生は、スペードのAとハートのAの、2枚だけで占いをしています。この男は65回やっても2分の1を引けないのです」


 隆は腹が立ち、2枚のトランプを破いてしまった。あ、それと一緒にお煎餅の袋も捨てといて。小場と加山は次々ゴミを持ってくる。このオバサン、他人の(主に隆の)不幸が大好物なのだ。


「あらあら。これではババ抜きができませんねえ」

「ふん。同じ数字が2枚なくなったって、ババ抜きも神経衰弱もできますよーだ」

「……気の毒ですから、ワタクシが占って差し上げます」



【Ⓙ 若干不安! ひと月も経っていないのに、校長先生にニラまれちゃった】

【Ⓠ あんなことや、こんなこと。問題いっぱい、教師生命クエスチョン!】

【Ⓚ 結局、だめ】



「なんですか、最後の『結局、だめ』って! だったら65回スペードが出る方がいいです」

「では、教えましょう。スペードは『死』を意味します」


 あー会話文長かったぁ。そこへ、知らない生徒がやってきた。どういうことだろう。ほとんどの先生が職員室から出て行った。その女子生徒は、あくまで丁寧に自己紹介をした。


「初めまして、高田先生。私、猪俣蚕です」

「かいこ?」


 声はどこかで聞いたような? 戸惑う隆に猪俣は説明する。


「名前の由来は『繭の中でゆっくり大人になれ』ってコトらしいです」


 少し小柄で、なんとも笑顔が魅力的。坂野緑はカワイイって感じだけど、猪俣はキュートって感じ。おそらく、この女子もスダチだろう(?)では、いやらしい握手を……と思ったら、澤山先生がそれを止めた。


「アメリカ西部開拓史に名を遺す伝説の無法者、ビリーザキッド。それが彼女のあだ名です」

「そ。ビリーも背が低いからだからだよ。高田先生」


 西部劇……干し草こそ転がらないが、その場は荒れ放題の静けさを見せた(干してない普通に生えている草で、校庭は荒れ放題ですが)そんな彼女を無視して、澤山は忠告する。


「猪俣はまさに天海の無法者。生徒から依頼を受ければ、たいていの仕事はやってのける『コロシ屋』です」


 コロシ屋? 煮卵にすら厳しい天海で、そんな無茶苦茶が許されるのか? チャーミングな彼女を見て、不思議そうにする隆。ちょっとだけイチコロにされたいが、少し嫌な予感もする。興味本位で尋ねてみた。


「お前、例えばどんな悪事をやってのけたんだ?」


 すると、猪俣は生徒手帳を見せた。別におかしなところは無いようだが……ん?


「平成6年入学の生徒? 今年は平成11年だぞ」


 と言ったのも束の間、彼女はポケットナイフを取り出した。器用に刃を取り出して、手のひらでそれを踊らせる。そして、あっけなく隆の心臓を刺した。


【ああ、神様。僕はまだ死にたくない。まだ2人しか電話番号を聞き出してないのです。個人情報が書いてあるファイルに手を付けなかった僕を、どうしてお見捨てに……】


「緑から聞いた通りね。心の声、全部しゃべってるよ」


 ……? オモチャの飛び出しナイフだった。その女は隆とは違う意味でヤバい人物だった。改めて、猪俣は恐怖の自己紹介をしてくれた。


「そう。私は天海高校5年生……そんなことより私、坂野緑から次の依頼を受けてるの」


 依頼……どこまで悪ふざけか知らないが、全く聞かないワケにもいかないだろう。せめてナイフの必要がないといいのだが。つばを飲み込むと、隆はなるべく短い文字数で尋ねた。


「い、依頼ってなんだよ?」


 猪俣は軽く咳払いをすると、懐から取り出したピストルを、隆のおでこに突き付ける。そして、あっけなく引き金を引いた。


【ああ、神様。僕はまだ死にたくない。まだ3人しか住所を聞き出してないのです。お金の力を使ったとはいえ、かわいい程度の金額で済ませた僕を、どうしてお見捨てに……】


「緑から聞いた通りね。しょうもないうえに、学習しない」


 もちろんこれもオモチャだった。だから大丈夫ってモンでもない。ビビっている隆に、彼女は早口かつ端的に説明する。


「依頼というのは、昨日先生が紹介した、大沢知也から真実を引きずり出す。それだけ」


 だが、大沢にこれ以上迷惑をかけられない(これ以下なら、まあ)それに、一連の秘密には、少なからず隆が絡んでいるのだ。机に戻ると、隆は首を横に振った。


「やめておけ。後悔するぞ」

「おっと、後悔するのはどっちかな?」


 猪俣はサッと、ビデオテープを取り出した。ラベルに「超・極秘‼ NEMURO」って書いてある。


「これは先生にとって困る、キスシーンが映ってるんじゃなかった?」

「ええっ! い、猪俣! ようやく校長との誤解が解けてきたところなんだぞ!」


 別にコロシ屋でもサカナ屋でも呆れてしまう。アホとバカが、ニコニコ仲直りしてんじゃねーよ。言い方に工夫することもなく、猪俣は別の心臓にとどめを刺した。


「先生、ちゃんと緑とイチャイチャしたんでしょ? 誤解もへったくれもないじゃない」

 

……


「結局、ダメ」


🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵


 いざ、唐海高校のボクシング部へ。坂野、猪俣、隆の三人でやって来た。猪俣はためらうことなく大沢に尋ねる。


「私は猪俣蚕。ね? 昨日、緑に話さなかったこと、教えてよ」


 大沢は改めて「帰ってくれ」と三人を追い払った。


「しつこいな。誰だか知らないけど、根掘り葉掘り聞くな。その坂野緑に言われなかったか? 女子でも僕は殴ると」

「だ・か・ら、聞かせなさいよ」


 猪俣の一言を聞いた瞬間、大沢は必殺のアッパーカットを放った。女子に手を上げる。それが、このラノベの価値を大いに下げるとも知らず……危ない! 猪俣!


 が、そんな心配は全然いらなかった。完全に見切って、猪俣はカウンターの蹴りを大沢の腹に決めた。


「残念だけど、私は空手有段者。どう? 話す気になったかしら?」



掟その一 このラノベにおいて、空手は攻撃をパンチのみとする

以上 精進あるのみ

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