4話 キスとコロシは煮卵の味

「……という事で『ユークリッドの互除法』の復習は以上です。質問がある生徒はいますか?」


 隆がそう聞くと、2年2組の一人が手を挙げた。えらく勢いがよい。ユークリッドだか何だか知らないが、50分間、授業の「じ」の字も聞いていなかったようだ。


「先生、このクラスで誰が1番タイプですか?」


 クラスがちょっとザワザワした。先生はザコだ。が、実験の対象としては興味深い。もちろんここで、例の如くバンっと机を叩く音が。


「だからみなさん! この学校は、恋愛禁止なんですよ」


 だが、誰一人として、もう坂野の言う事など聞かない。目撃情報多数なのだ。ガビガビの全自動人型ロボットに、とやかく言われる筋合いはない。


「あれえ? ウワサの緑ちゃんじゃないですか。アンタも気になるんでしょ?」



DJミナコ「ハイ、エブリワン! 隆の好きな、2年2組の女子生徒ランキング     

     だよっ!」


「誰よ。ミナコって」


↓視線↓視線↓視線

「や、やめてよ。たまたまでしょ。名前が同じなのは」

↑視線↑視線↑視線


DJミナコ「リスナーからのお便りを元に、ランキングを発表します!」


「……リスナーもなにも、高田先生だけでしょ」


DJミナコ「第1位! 先週から10ポイントアップ! 1位は坂野緑! カバンに着 

     けてあるクマのアクセサリー、そこを評価されたみたい!」


 いとも簡単に白日のもとへさらされた。しかも、私の評価そこかよ。だが、坂野の気持ちはお構いなし。あちこちから野次が飛んできた。


「イエイ! クラス委員長、ざまあみろ!」

「昨日はガビガビ、普段はガミガミ、やかましい女だもんねえ」


 ところが、高田隆という男は「天網恢恢疎にして漏らさず」が座右の銘。読み方は知らないが、欲張れば全部手に入る、という意味だ(と思っている)

 

DJミナコ「2位から31位の発表だよ! 2位、中村梢。3位、小中美智子、4位

     は……」

 

……


DJミナコ「で、最下位。31位は根室綾香でした! 最新ランキングの変動を、ま

     たチェックしてね!」


 根室綾香は、吐き捨てるように言った。

「4位は時の女優さんですか。現実的に狙いたいのが、小中美智子までってワケ?」


🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵


「先生、お願いがあります」


 休み時間、2組のクラスに残って作業をする隆に、坂野が近寄った。


 坂野緑。一歩間違えれば退学なのに、なぜバカな隆を信用するのか。なぜバカにされ続けても隆がいいのか。その謎はもう少し後で解明する。が、とりあえず坂野は例の手口で隆を誘った。


「今度の数学のテストで70点以上取れたら、デートしてくれませんか?」

「いいよ……あっ」


 根室綾香が隆をニラむ。悪く思わないでくれ。最下位がいてこそのランキングなのだ。


「あ、いやいや坂野。この学校はお前が言う様に、恋愛禁止なんだぞ」


 だが、坂野は食い下がる。今日も偽りとは思えない、潤んだ瞳を見せる。目で物を語るといえば、しっくりくるだろうか。利便性の高い特技は、身を助けるものだ。


「じゃあ、ジャスト77点取れたらお願いします。おまじないのラッキー7が、二人を結びますように……」



「なんだ、これ。点数配分がヤケに詳しく書いてある。荒稼ぎできる所から解くか」


 ボヤく周りを放っておき、坂野緑は順調。しかし、ミスが無ければ76点のところで気が付いた。


(1点の問題がない)


 他に解ける問題もないし、ジグソーパズルを組み合わせても、上手く77点にならない。しかたない。4点の問20番を解いておこう。多めに点数を取っておく分には、アクシデントが起こって、ピッタリになるかもしれない。


 そして、アクシデントは起こった。


「えー。問20番に誤りがありました。問題の点数を1点に変更します」


 クラスの全員が不思議そうな顔をする。自分でこのラノベを書いていても、無理矢理だなあと思うから、当然である。全自動人型ロボットよりは現実味があるが、だからといって許されるワケはない。まず、代表して生徒の一人が指摘した。


「点数なしになるワケでは、ないんですか?」

「そうだ。4分の3くらい誤りがあったから、1点だ」


 他の生徒で優秀な女子が、別の角度からツッコんだ。こちらも、なかなか痛いところを突いてくる。


「だけど教科書を見る限り、この問題は間違ってないですけど。というか、問20番って教科書の例題、丸パクリですよね?」


 隆は、教師として初めて生徒を叱った。僕は熱血指導で生徒を導くと決めていたのだ。どこに導くは分からない、ミステリーツアーの様なやり方ではあるが。


「いいか。先生が作ったテストで、先生が間違ったって言ってるんだぞ」

「でも、教科書を作ったのは先生じゃないよ」


 座布団一枚の攻撃を喰らっても、隆はある種カッコよかった。ウザイ角度で天井を見上げる。


「では、ユークリッドの互除法が間違っている。責任はユークリッドさんにある」


 根室綾香は黙っていた。これは復讐のチャンス……


🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵


 夕方。隆は2年2組を訪れた。これまたウザく、ポケットに手を突っ込んで。しかし足取りは早い。大人になってから「授業、早く終わらないかなあ」と思うことになるなんて。そしてクラスの女子が気になることがあるなんて。


「待っていたよ、先生」


 坂野は2組でずっと待っていた。隆が来ることなど、彼女は簡単に予想できた。ユークリッドの互除法より簡単。そして例の簡単な手口で、隆をときめかせた。


「先生。ちゃんと私、77点ちょうど取れたよ。約束通りデートしてくれる?」

「もちろん」


 坂野は恥ずかしそうに目を伏せる。濡れたまつ毛は、マイナスイオンの様に隆を癒した。数学のテストを作ったかいがあるというものだ。


 少し関係ないが、教師って「起立、礼、着席」って言うだけで、何とかなると隆は思っていた。それはともかく、現実を真っ直ぐ見つめよう。とにかく生きていてよかった……そんなテキトーな隆に、坂野は次々と甘い言葉を仕掛ける。


「でもね。よく見たら最後の大問を間違えたから、77点ではなかったんです。それなのに、どうして?」

「坂野。間違いから学ぶこともある」


 その瞬間、高田家の家訓と、お散歩デートだけのお付き合いという法律は、満場一致で改訂された。隆は顔を近づける。


「歯を……磨くようになったんだ」


 ?と一瞬なったが、坂野は思い出した。先生の口が臭いと言って、キスを拒んだことを。


「先生……本当に真剣なの?」


 夕焼けのシルエットが重な……りそうになった、その時。物陰から視線とレンズが反射した。



 パシャッ



「……いや、坂野。危なかったなあ。お! 急に用事を思い出したぞ! 帰って流しそうめんをするんだった。キスしそうになったことも、水に流して……変身! そうめんスライダー! ってことで、また来週!」


🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵


 翌週。遅刻寸前で学校に滑り込んだ隆。あと10分しかない。大人になってから「ヤバい。授業、遅刻だ!」と思うことになるなんて……いや、お前が授業するのでは? 世間一般の常識に縛られない隆は職員室へ急ぐ。すると。


「なるほど。これは興味深いですねぇ」


 小場と加山が何か読みふけっていた。いや、お前らも授業するのでは? この二人は、もっと世間一般とかけ離れているので大丈夫(?)


 それより時間がない。が、面白そうなので隆も覗き込んでみた。


「小場先生と加山先生。なに読んでいるんですか?」


 そう聞くと、小場はデカデカとした紙を見せつけた。それは自分以外にとっては、非常に面白い内容だった。号外カワラ版! 小場は言葉のみを使って、丁寧に隆の首を絞めた。


「生徒が発行した『天海新聞』のトップ記事。2年2組クラス委員長、坂野緑の恋愛劇全貌! お相手はあのT・T先生! 提供は根室綾香」


 T・T先生は慌て始めた。ん、T先生の身長167.5cm……なんで小数点以下までバレてるんだ! いつも3㎝サバを読んでいるのに!


「と、とにかく。僕じゃありませんよ」


 そんな隆を尻目に、加山はビデオテープを取り出す。ひとつ100円。誰が何の利益になるのだろう。しかし、それは決定的な瞬間だった。


「モザイクが顔にかかっているので、本当にあなたかは分かりません。ですが、映像まであるんです。見ますか?」


【歯を……磨くようになったんだ】

【先生……本当に真剣なの?】


「ワタクシにはね、どうもこの意味が分からんのですけど。T・T先生?」


 絶体絶命。いや、しかし! 諦めたらそこで試合終了だ。隆はがんばってワルあがきをする。


「T・Tなんて先生はごまんといますよ!」

「残念でした。Tで始まる苗字、Tで始まる名前の先生。どちらも、あなたしかいません」


 致命的なダメージ。タ行全滅。しかし、窮鼠猫を嚙むとはこのことか。場外乱闘が始まった。


「『T田T矢』先生がいるじゃないですか」

「その『T田T矢』さんは『S本K八』です。言いましたね? ごまんといると」

「むむむ……そうだ! 『T原T彦』先生もいます!」

「あら懐かしい。そのアイドルも、昔はT田T矢さん演じる学園ドラマの生徒でしたよね~って、一応このラノベ、令和の読者向けなんですが」


 その時、やかましい校内放送が響き渡った。こうやって人をおとしめるのが、このジジイは大好きなのだ。自分のことは棚に上げ、反対に棚からはボタ餅をイタダキである。


「諸君、校長の上原邦夫じゃ! 全校生徒は、すぐ体育館に集まるように。坂野緑と問題になっている、高田クンのビデオが手に入った。これより、さらし首の刑にする!」



「もしもし? 912番です。今すぐお願い!」



「うわあっ! 来た来た。T・T先生!」


 隆が体育館に入ると、全校生徒は大盛り上がり。変なのぼりまで立っている。先生がいずれこうなる事は分かっていたが、より面白い展開になってきた。もちろん、生徒たちは坂野も取り囲む。


「恋愛は禁止でも、キスはOKなんだね。クラス委員長!」

「あのビデオの緑のセリフは『最後の大問を間違えたから』だって。こんな大問題を間違えるなんてねぇ」


 舞台の目立つ場所に隆を立たせると、上原校長はマイクを片手に、高らかな宣言をした。釜が置いてある。もちろん「釜茹での刑」にしたうえで「さらし首の刑」にするのだろう。なぜこんな立派なものが、天海高校にあるのか謎である。なんにしても、上原は饒舌だ。


「このような許し難い行為。みんなでじっくり鑑賞するとしよう。その後、どうなってしまうのか……高田クン、楽しみにしておれ。では、再生ボタンをポチッとな!」



【ドキュメンタリー。上原邦夫、スキャンダルの全て】



「なんじゃこれ……? あ、あああ! ビデオを止めるんじゃ、ってあれ。リモコンはどこいった!?」


【ラーメン屋の店主・A氏「あいよ。ラーメンに煮卵2つね」】

【上原と思われる人物  「いや、待っていただきたい。3つお願いするよ」】


 ……


「なによ、このビデオ! 校長先生、私たちが食べたくて仕方ない煮卵を、こんなにあっさり注文したの!?」

「天海高校・第一の校則 『煮卵を口にしてはならない』は、スカートの丈より厳しいはずなのに!」


 体育館がザワザワしはじめ、次第に大ブーイングとなった。上原校長は必死にリモコンを探すが、見つからない。最後までビデオは流れた。


【あとは……あなたの想像しだい】

【上原と思われる人物  「ところでアンタ、本当は天海の猪俣という生徒では?」】

【ラーメン屋の店主・A氏「うるせーんだよ。口も臭いし、とっとと消えな」】

 ボコッ!

【上原と思われる人物  「ぴぎゃあ!」】


 その後は画面いっぱいに、ザーという音がするだけだった……



 10分後。坂野は一連の主犯格に、公衆電話で礼を伝えた。


「ありがとう……相変わらず、スゴイね」

「把握しているだけのビデオは、あれにすり替えておいたよ。天海高校コロシ屋・猪俣蚕(かいこ)に出来ない仕事はないわ。またの依頼を待ってるよ」

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