本論

「どーした?まるで豪雨にでもあったように暗いぞー。」

 ぶち上がった地獄の太陽ぐらいに明るいエミリア・≪ディザスター≫リジル・ティルフィングの笑顔に「元気ですね。」と話しかけた私は渡された資料を読みながら溜息を吐き出した。

「まーアンタは大臣の搭乗機に大抜擢されたんだからそりゃあ萎れるか……」

「中尉は気楽そうで羨ましいですね。」

 ひどーい。とエミリアは抗議した。「私も大臣の僚機やって戦うんだよ。少しは責任を感じているんだから。」

「お前が責任を感じているって?こりゃあ、天変地異の前触れかな?」

どこからともなく現れたポルゾフ≪アイゼン≫ブロッケインが笑いながら言う。古女房のレイエス≪メイヴェン≫アウラリオラもニヤニヤと笑いながらエミリアを覗き込んでいる。

「或いは、なにか別の野望を持っているとか。」

「や、野望?」分かりやすいぐらい単純なリアクションで答えるエミリアの声は当然どこかわざとらしい。「私が何を狙っているっていうのさ?議員秘書?そんな事はないわよ。いったい何があるって思ってる?」

「ベストガンとか?」メイヴェンの一言にエミリアはぴくっと身体を動かした後、「な、何?証拠でもあるの?」と聞き返す。ちなみにベストガンとは、海軍のエースオブエースの養成所だ。

「ほう?証拠があれば認めると言うことかい?」

 当たり前じゃない?!と言い返すエミリアの態度は尻尾を掴まれる筈がないと言う余裕に溢れている。それを突き崩したのは、メイヴェンではなく私だった。

「……ベストガン……ベストガン……」私は歌うと羽根を目一杯広げてその内側に隠された柏を叩き始めた。「もひとつちょっと、ベストガン……」

エミリアはの答えに「あ゛あ゛あ゛ああああああ」と浮足立って喚き始める。

「気付きませんでした?シャワー室の奥の方に居たら先輩が入ってきて……」遮ったエミリアはかたをまで抱き寄せて訪ねた「どこまで聞いてた?」に「全部」と答えると、その場でエミリアは「うわああああああああ」と丸くなり、剥き出しのコンクリートの上を転がり始めた。

「そりゃあ、あんだけ大声で歌っていて、バレないとも?」メイヴェンも柏を合わせながら知っていることを告知する「こっちまで聞こえてきたよ。その歌。自分に向けた応援歌かな?」

 まあ、今回の相手がアグレッサー部隊の「ヴァルキリー・スカウツ」と聞いた途端にやる気になったのはのはそういうことなんだろうと思ってたけどよ……とアイゼンが言うのをエミリアは聞いていない

「うわーやだー死ぬ!恥ずかしい!!全部バレてる!!」エミリアを無視して歌い続ける私にアイゼンとメイヴェンの二人も歌に加わる。ベストガン、ベストガン、もひとつちょっと、ベストガン……。ついに限界に達したエミリアは「うるせー!!」と爆発した

「と、いうか、なんであんたらがいるのよ!」とエミリアは逆ギレを開始した。それにコンビはさも当然と答える。

「そりゃあ、決まってるでしょう?ユキノから、狂犬に首輪を嵌めないと、とね?」

「そ、今回の件で真っ先に手を上げたときから隊長はこーなることを予想して、その場のノリで余計なことをしそうになったらしっかり首輪の紐を引っ張るお守りを用意したの。」

何が狂犬だ!そう言おうとした時、その会話は「大臣来ました!」の一言により書き消された。

 皆で一斉に我先にと振り向く。その先には基地の衛兵が何時もの比では無い程頭を下げる姿があり、そして、そこから現れるものものしい長大なリムジンがあった。あれが、大臣らしい。

 やがて基地の正門にレッドカーペットが引かれる。いよいよ大臣の登場だ。世來慈 慎二(せくじ しんじ)その人である。絵に描いたような醜いイケメンである。

全員の(うわぁ)という視線の先を大臣は進み、偉い人のレクを少し受けた後、常に従者が先立って引き続けるレットカーペットを伝い、此方にやって来た。件の主計科の将校もユキノと一緒だ。取り敢えず、整列して敬礼した。

「それでは本日の搭乗機についてご説明いたします。こちらに居ますのは、本日視察飛行を担当します我が海軍第221飛行隊、アンダインズの搭乗員達です。うち、彼女が本日の搭乗機担当のオディール少尉、こちらがその相方を勤めますエミリア中尉。そして、サポートに回りるレイエスでございます。」

「本日の飛行編隊を担当します。オディールです。宜しくお願いします。」

私の挨拶に「うーむ、よろしく頼む。」と大臣は尊大そうな声で答えた。いや、実際尊大なのだが……

「来年度以降の予算削減の参考、ということで、お役立ちいただけるよう、本日の飛行は実際の作戦内容に沿って行います。内容としてはオータムフィールド演習場に置かれました仮想の敵ミサイル基地を……」

それからユキノは、作戦を説明する。私は密かに笑いを堪えながらその姿を見ていた。


 さて、ここで確認しなければならないのは、なんでこんなことになっているのか、ということだ。こうなった経緯は単純だ。全ての始まりは、この新しい国防大臣が、「安置無き経済政策」を遂行するため、おぼろげながら浮かんできた「五年間で42パーセントの国防費削減」を目標としてぶちあげた事である。そして大臣はそれを改革しようとまず手始めに目を付けたのは、空中勤務者手当であった。

「だってぇ〜飛行機乗りって椅子に座りながら戦争しているんですよ。それでいて、必死に手足を使っている歩兵とか船乗りよりも給料が高いなんて、貰いすぎじゃありません?」

 これが出た当時、自分も周りも「はあ?」とマジ切れしたが、他人の苦労を想像できず、腐敗した既得権益が倒れればそのリソースが自分に回ると信じている彼の支持者達にはこれはそれなりにウケたらしい。で、これを良しとしない空、海、海兵隊は中指を突き立てるだけで終わらせず、「レク」を画策し、それに手を貸してくれる飛行隊を探し続けた。こうして、この話の冒頭の光景へと展開は繋がり、クジ運悪い彼女ら221飛行隊は立った白羽の矢に書かれた矢文に従い三軍のすべての飛行機乗りの命運をかけて大臣にこの仕事を体験させる事になった。その内容は今こう説明されている。基地を離陸し、オータムフィールドの爆撃目標を攻撃、途中、妨害が入るので空戦……魔力により機関砲の曳光を再現した高価な演習弾を派手にばら蒔く豪勢なものだ……というものであった。

 だが、大臣へ説明したこれは実行されることのないフェイクだ。油断させて機上という逃げなの無い空間に誘い込むための巧妙な罠である。本当にどのような「体験」が待っているかを知らない大臣はホイホイと普段バーベナ……私の兵装システム士官……が座る後ろの席に収まり、逃げ場のない空へと登っていく。奈落への突き落としまで、あと1時間半。


 三機続いて離陸する。自分とエミリアはエシュロン編隊、その横をメイヴェンが飛んで行く。

「ワオ!いつもこんな風に飛んでいるのかい?」

 ええ、とありきたりな答えを返す。

「そうですね、まあ、もはや見慣れたものですが。」

 ただし、と私は付け加える。普段なら周囲からの襲撃に気を使わないといけないが今回はそうではないのが一番の違いだ。と語る。大臣はそうなんだ。という感想を述べたのみでそれ以上興味も関心も示さなかった。それを見てこの人は人生で何回警戒する、という行動をしたことがあるのだろうかと思った。

(羽虫は鷲の大空を知らず、逆もまた然りってことか。)

 それでも、生涯出会わないのならば、いいのかもしれない。だが、鷲が降り立ってお前の飛ぶ高度は低いだの言い始めたら正論でも腹を立てると言うものだ。諺には、他人の世界の常識を知らないことへの警鐘のニュアンスが込められているが、彼にはそれを向きとる力が無いらしい。

(だが、安心すればいい。)先程の会話を聞いていた全員が同時にこう思った。(今から嫌でも理解させてやる。)

 古の知恵者は人は妻子を殺されても忘れるが、借用書の内容は死んでも忘れないと言った。呑気に遊覧飛行を楽しんでいる大臣は、自分に向けられている悪意に対して無知で居られる時間はまもなく終わろうとしていた。


『セクシーフライト、ウェイポイント3に到着、指示があり次第状況を開始する。』

『司令部より、セクシーフライトへ、現在オータムフィールド射爆場にペガサスの群れの立ち入りの可能性あり、投弾許可取り消し。対応は追って詳述する。』

『了、セクシーフライトは別名あるまで25千フィート、速度350でオービット継続。』

 何かが起きたらしいことは察せた大臣は少々焦った顔で『へ?何が?』と聞き返してくる。

『申し訳ございません。大臣。諸般のトラブルにより、予定の進行に不具合が出ました。』

『なんだって!』と世公事は大きな声を上げる。

『どうする気だ?』と問われたメイヴェンは、『取り敢えず、待機の命令が出ました。暫くはここで待機します。』と落ち着いた口調で言った。

大臣は威嚇するような音を放つが、『まあ、今の時期でありますと、ペガサスのが南に渡る時期ですからね。』と答える声にうろたえる様子はない。それどころか、お暇なら、ピンクのペガサスでもお探しになられますか?恋愛と幸運の証ですよ。と余裕の茶目っ気を聞かせてくる。

 そうじゃない!と焦りを含んだ声で無線の向こうのメイヴェンを押し戻したあと、こちらに『ね、ねぇ?』と話しかける。ご要件を受けたわまりますと意思表示した先には、思っていた通りの答えが返ってくる。

『と、トイレ……』

『すればいいじゃないですか?排尿機の使い方はお話を聞いた筈でしたよね。』

『いや、その、ごめん、おっきいの。』

 動じず、それも。と返すと大臣は小さく『ひえっ』と声を上げる。そのリアクションの原因に行き当たるまではとても早かった。

『もしかして、おむつ、渡されてませんでした?』

その回答は次の通りだった。

『……、あんまりセクシーじゃないなっって……』

 知るか。という態度で酸素マイクをしっかりと口元に押し当てる。もうすぐ機内の酸素は吸いたくなくなるのが確定されたからだ。

『君は、大丈夫なのかい?』

『ええ、調整してますから。』と答える。『フライトの前は食事にも気を遣います。腹にガスの貯まるようなものは食べないし、量も最低限程々にします。現状の戦闘機が最適なパフォーマンスを発揮するにはその操縦者が最適なパフォーマンスを発揮できる状況になければならない、と言えばお分かりでしょう。』

『うん、うん。』

『まだこれは楽な方です。過去には空中給油を複数回挟んで半日かけて敵を叩きに行くなんて作戦もありましたから。』

『ひえっ……そんな長時間……』

 恐怖する大臣。私が果たして、どうかな、と、笑ったところで通信が入る。

『セクシーフライト全機へ、作戦内容は変更する。ヴァイターラント射爆場が空いているためそちらに移動する。。こんなことがあろうと思って、予備の飛行プランを書いた甲斐があったな。』

『ええ。』答えながら三機のパイロットはウェイポイントのルート表示をパターン2に切り替える。

『ヴァイターラント射爆場!大陸の反対側じゃあないか?!』

 こえを張り上げた大臣は、『ちゅ、中止だ!か帰ろう。』と騒ぎ始める。

『大臣、実戦と同じというリクエストは、あなたが頼んだことではないですか?実践に待ったもタンマもありませんよ。』

『そ、そうだけどさぁ……僕にもスケジュールってものがあるんだ。』

『それは承知しております。』ダリアのその言葉で少し和らいだ大臣の顔はその先の内容で奈落の底に突き落とされた。『今夜のご予定は夜に政党パーティーだと聞いております。ヴァイターラント射爆場の少し先です。丁度いい。最寄りの空港までお連れしましょう』

『ひっ……それって……』

『環境問題にセクシーに関与できるチャンスとお思いください。』

『まって~パパ~狭いよー怖いよー』

 どうやら閉所恐怖症もいっしょに発動したらしい。私は後ろの喧騒を無視して、(あー暇だ)と肩を落とす。バーベナ、いつも後ろを任せている彼女がいてくれれば、話の一つでも出来たというのに。

『いやあ、「こんなことがあろうと思って」大量の燃料とバディー給油キットを持ってきてよかったです。大臣殿、早速空中給油をお見せしましょう。』

 白々しいメイヴェンの言葉と共に空中給油プローブが伸びて来る。私は、空中給油の準備をしながらヴァイターラント射爆場を目指す長い旅を思い、それから後ろから感じるかもしれない異臭から意識を遠ざけようとつまらない考え事を始めた。

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