校長の最終日


校長室。

段ボール箱が三つ。


中身は

表彰状、古い写真、割れたマグカップ。


校長は、

それを無言で詰めていた。


「……やり過ぎたな」

誰もいない部屋で、

独り言だけが落ちる。


机の引き出し。


一番奥。


封筒。

懲戒委員会・最終報告書

その上に、

別の紙。

二十年前の事故報告


校長は、

それを見ない。

もう、

暗記しているからだ。

ノック。


教頭。

「……時間です」

校長「そうか」


教頭は、

言葉を探すが

何も出てこない。

「……先生」

校長は、

笑った。


「やめろ」

「もう

“校長”じゃない」

廊下。


生徒はいない。


卒業式の翌日。


静かすぎる校舎。


校長は、

一歩ずつ歩く。

「……あいつ」


教頭「スティーブン、ですか」

「ああ」

「最低だったな」

教頭「……はい」

「でも」

校長は、

立ち止まる。


「あれ以上に

適任はいなかった」

教頭は、

黙る。


校長は続ける。

「正しい教師は

ここでは死ぬ」


「優しい教師は

壊される」

「だから」


「最低が

必要だった」

校門。


あの日。


初めて

スティーブンが

立っていた場所。


校長は、

空を見上げる。


「……殺したのは

あいつじゃない」

教頭「……」

「殺したのは」

「俺だ」

フラッシュバック。


二十年前。


荒れるクラス。


止めに入った若い教師。


暴れる生徒。


落ちる階段。


止まらない時間。


校長は、

拳を握る。

「俺は」

「逃げた」

「責任から」

「だから」

「逃げない最低を

ここに置いた」

教頭「……後悔は?」


校長は、

校舎を振り返る。


窓。


黒板。


教室。


「ある」

即答。


「だが」

「間違いでは

なかった」

校長は、

最後に言う。


「……あいつは

刑務所に行く」

「それでいい」

「だが」

「教師としては

最後まで

仕事をした」

背を向ける。


校門を出る。


その瞬間。


風で、

校門のプレートが

小さく鳴る。


校長は、

振り返らない。


数日後。


ニュース。


《元校長、

教育委員会を退職》


短い記事。

だが。


3年G組の

黒板の端。


小さく残った

落書き。


最低でも

立て

それを

消さなかったのは

誰か。


誰も、

知らない。

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