六、だんまり
2月にはお母さんの誕生日があることを知っていた。それを保育園で友達に話したら、手紙を渡した方がいいよ、と言われた。確かに、誕生日には何か渡さないといけない。最近はひらがなをかけるようになって、友達と手紙交換をしていた。手紙とは、折り紙の白い裏側に文字を書いて、それが見えなくなるように折り込んだものだった。折り方によっては、普通の四角や、ウサギ、ハートなどにできる。それと同じようにして、「おかあさんおめでとう」と裏側に書いたピンクの折り紙をチューリップの形にした。
誕生日当日、家に帰ってきてからお母さんに渡した。
「お母さんの誕生日だから、プレゼント」
お母さんは手渡された折り紙をもって、ペラっと回し見た。
「ありがとう、お母さん嬉しいよ」
膝をついて手を広げながら言ってきた。
「だから、ハグしよう。こっちにおいで」
「いいや、別にしたくない」
「そんなこと言わないで」
結局ハグすることになって、お母さんの膝の上に跨がった。体重を預けるような触れ合いはしたくない。腕は自身の側面に頑なにつけたままであった。背中に回されたお母さん腕から感じる人肌の体温が不快だった。お母さんの顔が見えはしないが近くにあることに、言い様のない恐怖を感じた。伝わってくる息遣いが、汚いものであるような気がした。
気持ち悪い、近づかないで欲しい。
「ミサキがこんなにいい子になってお母さん嬉しいよ」
「別に、そんなんじゃないよ」
「このまま大人になったらきっと素敵な女性になれるよ。そうしたら一緒に遊びにいこうね」
1人でいい気分になってるお母さんが許せなくなった。馬鹿にしたい。その妄想をぶち壊したい。そうすると、特別用意してなかったが、どこからともなくとっておきの言葉が湧き出てきた。
「子どもができたら、お母さんみたいに叩いたり蹴ったりするね」
どんな反応が見られるかわくわくした。狼狽えて、今までを後悔して欲しい。
「いいじゃん、そうしな」
笑みを浮かべながらそう返された。最高の皮肉を言ったと思ったのに、何のダメージもないようだ。お母さんは何も言い返せないと思っていたために、ただただこちらが何も言い返えせなくなってしまって、だんまりした。
保育園での遊び時間、ブランコに乗っていた。足と体をうまく使えばどんどん高い所までいけるのが好きだ。風を前にも後ろにも切っていくのが気持ちいい。ブランコと体が一体となって、いつまででも漕いでいられる。
「そろそろ変わってよ」
声がしてきたので下を見ると、五人くらいが列になっていた。みんなブランコに乗りたいらしい。それでもまだまだ乗っていたいから、気にしないで楽しむ。足を曲げては伸ばすのを繰り返す。完璧なタイミングでやらないと、ここまでは続けられないのだ。風を受けて髪の毛が前後に靡かされていくのも爽快だ。足を動かしてぐんぐんと漕いでいく。
「ミサキちゃん、そろそろ変わってあげなさい」
誰かが呼んできたのだろうか、保育士に声をかけられた。大人が出てきたんじゃあしょうがないな。まだ満足できないが変わるしかない。そうしてからも五往復はしてからやっと下りた。そしたら列の先頭だった男の子が変わり際に言ってきた。
「ミサキって自分のことしか考えてないよね」
「そうだよ。ミサキちゃんが一番辛いんだから、好きなことを好きなだけしていいの」
「みんな変わらないんだから、そういうのやめろよ」
当然だとでもいうような調子で言われて、なんだか腹が立ってしまった。そんなわけない。みんなは全然辛くない。苦しくない。だからずっと変わらずブランコに乗っていたい、という気持ちが湧かないんだ。気づいたら園庭の砂利を力任せに蹴っていて、靴の中に砂が入ってきていた。もう詰まらなくなってしまって、端の方のフェンスにもたれかかっていた。意味もなく騒がしい動きに目を凝らしていたら休み時間が終わった。
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