三、ばかばかしい

 喋らない、動かない、目を開けない。

 寝られないならそうしなければならない。お母さんに何回も復唱させられたことだった。わかっていても、今日も眠ることができなかった。

 布団に入って目を閉じていて、おかしい寝られない、と思って確認すると大抵1時を過ぎている。今回もそうだった。

 部屋は常夜灯の明かりがついている。寝かされる時に撒かれたグレープフルーツの香りはもうしない。眠りに香りはいい働きをするのだろうか。スプレーするときには、弟とその権利を争った。どっちもやりたがるから、結局規定回数より多い数をプッシュするはめになった。グレープフルーツの香りはおいしそうで、いい匂いだ。布団に仰向けになって、香りが消えるその境目を感じようとして、鼻で必死にスンスンしていた。

 そうしたらもうこんな時間。どんどん朝に近くなっていく。朝になったら起きないといけないのに。

 ここで最近アニメから学んだ、眠れる方法を試してみよう。羊の数を数えるというもの。羊が柵を飛び越える瞬間をカウントしていく。1匹ずつでは効率が悪いから、5匹ずつ数えようと思う。羊が5匹、羊が10匹、羊が15匹、羊が20匹……。200匹まで数えてみると2時前になっていた。こんなくだらないことに時間を費やしていたのが馬鹿馬鹿しくなった。いや、眠れないでいる時間全てが馬鹿馬鹿しいんだ。








 保育園から帰宅した。保育士から伝えられた、喧嘩した相手に対して謝らなかったことで、お母さんに怒られた。もう何で喧嘩したのかなんて覚えていない。しかし保育士や周りの園児に宥められる不快感はよく覚えていた。それでも自分が悪いと思ってないから謝らないし、相手に謝られたって許したくないから許さない。そんな態度をお母さんは怒っていた。

 しばらくすると、こちらに向けられていた怒りはなくなっていて、今度はお母さん自身を責めるようになっていった。次第にはまた、高い声で、可哀想にすすり泣いていた。

「なんでこんな子になっちゃったんだろう、こんな風に育てた覚えはないのに」

 そんなの当然だ。お母さんの本当の子ではないのだから。だからお母さんの思いどおりにゆかないのだ。

 勝手に大人が泣いている。痛くも苦しくもないのに泣いている。外に出される訳でもないのに泣いている。自身が怒られた訳でもないのに泣いている。


 それまで黙って同じ部屋にいた弟が、ティッシュを握ってお母さんに歩み寄っていった。目には涙が浮かんでいて、悲しそうな表情をしていた。そのままお母さんに抱きつくようにして、お母さんの涙をティッシュで拭ってやっていた。

 なんなんだこいつは。

「ありがとうコウちゃん。コウちゃんだけがお母さんの味方だよ」

 なんなんだこいつらは。

 ようやくわかった。お母さんは慰められたかったから泣いていたんだ。二人は涙ぐみながらも笑みを浮かべて抱き合っていた。
















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