第5話 紅茶会

 その日は、雲一つない晴天だった。


 吸血鬼は日光に弱い。

 だから彼女は、

 日傘の下にいた。


 従者はいない。

 護衛もいない。

 ここには、

 彼女と、私しかいない。


 それが、

 何よりも異様だった。


 ───


「本日は、お越しいただきまして

 誠にありがとうございます」


 白い日傘の影から、穏やかな声が届く。


「どうぞ、

 お掛けになって」


 用意されていたのは、

 簡素な庭だった。


 だが、

 簡素というには、

 あまりにも整いすぎている。


 机。

 椅子。

 白いクロス。

 影の落ち方。


 すべてが、

 “ここで紅茶を飲む”ためだけに

 存在していた。


 ───


「本日の紅茶は、

 下流で育てた茶葉を

 使っておりますの」


 下流。


 その言葉が、

 胸に刺さる。


「水も、

 そちらでお使いのものを

 取り寄せましたわ」


 逃げ場がない。


 私は、

 ただ頷くことしかできなかった。


 ───


「お菓子も、

 すべてこちらで

 ご用意いたしましたの」


 銀の皿に並ぶ焼き菓子は、

 どれも見事だった。


 香り。

 焼き色。

 割れ一つない形。


 ――断れるはずがない。


「……有難く、

 頂戴いたします」


 それしか言えなかった。


 ───


 彼女は、

 自ら紅茶を注いだ。


 貴族が、

 相手に給仕をする。


 それだけで、

 立場は明白だった。


「どうぞ」


 カップを差し出される。


 指先は、

 手袋越しでも分かるほど、

 冷たい。


 なのに、

 紅茶は温かい。


 ───


「とても、

 良い香りですな」


 口を開いた瞬間、

 自分でも分かった。


 言葉が、

 軽い。


「ありがとうございます」


 彼女は微笑む。


 否定も、

 肯定も、

 しない。


 ───


「人工魔力の件ですが」


 心臓が、

 跳ねた。


「人間にとっては、

 必要な試みですの」


 声は、

 どこまでも丁寧だ。


「恐怖に備えること自体を、

 否定するつもりは

 ございません」


 その言葉に、

 私は、

 安堵してしまった。


 ――それが、

 致命的だった。


 ───


「吸血鬼の方々には少々刺激が強かったかもしれませんが」


 言ってから、

 遅かった。


「いずれ、

 慣れていただけるかと」


 沈黙。


 鳥の声。

 湯気の立つ音。


 彼女は、

 カップを置いた。


 ───


 次の瞬間だった。


 視界が、

 揺れた。


 痛みは、

 なかった。


 ただ、

 喉に、

 冷たい何かが

 深く、

 正確に突き立てられていた。


 ───


 血が、

 落ちる。


 ぽたり、

 ぽたりと。


 赤が、

 紅茶の表面に

 静かに広がる。


 混ざる。

 濁る。

 だが、

 溢れない。


 ───


「……ああ」


 声が、

 出ない。


 息が、

 吸えない。


 ───


 彼女は、

 立ち上がり、

 日傘を整えた。


 その所作は、

 最初から最後まで、

 乱れなかった。


 ───


「素敵な一時を、

 心より感謝申し上げますわ」


 優しい声だった。


「どうぞ、

 お気を付けて

 お帰りくださいまし」


 ――帰れるはずが、

 ないのに。


 ───


 最後に見えたのは、

 日傘の影に差す、

 完璧な微笑みだった。

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2026年1月3日 16:00
2026年1月4日 16:00
2026年1月5日 16:00

吸血鬼令嬢は紅茶を嗜みながら処刑を行う 濃紅 @a22041

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