第3話 線引きの話

 人間は、実験をやめない。


 それは、今に始まった話じゃない。


 魔力の少なさを、

 知性で補ってきた種族だ。


 だから、

 試す。

 混ぜる。

 改良する。


 水も、血も、

 例外じゃない。


 過去にも、

 何度も見てきた。


 人工魔力の付与。

 魔力増幅の試み。

 世代を跨いだ改変。


 成功もあった。

 失敗もあった。


 失敗の多くは、

 記録から消された。


 それでも、

 発展に対して、

 自然に影響が出ないことなど、

 あり得ない。


 俺は、

 そこを責めるつもりはない。


 問題は、

 別のところにある。


 ——線引きだ。


 誰が、

 どこまでを許容し、

 どこからを

「仕方ない」で切り捨てたのか。


 俺は、暗闇の中、

 上流の水路に立っていた。


 見た目は、

 いつも通りだ。


 澄んでいる。

 臭いもない。

 人間が飲む分には、

 何の問題もない。


 ——人間基準では。


 だが、

 俺には分かる。


 水の奥で、

 何かが

 不自然に揺れている。


 自然な魔力じゃない。


 均されすぎている。

 角がない。

 意志がない。


 人工的だ。


 人間にとっては、

 ただの底上げ。


 毎日の水に、

 微量の強化。


 恐怖を薄めるための、

 予防策。


 ——理解はできる。


 だが、

 吸血鬼にとっては違う。


 これは、

 毒だ。


 血を濁し、

 感覚を鈍らせ、

 紅茶を狂わせる。


 即効性はない。


 だから、

 気づかれにくい。


 だから、

「問題なし」で通る。


 俺は、

 管理詰所に入った。


 机の上には、

 実験記録。


 人間の反応。

 安定性。

 成功率。


 ——他種族の欄は、

 空白だった。


 ⸻


 ◇


「はじめまして」


 俺は、静かに一礼した。


「ルフナ=ガーネット=ディンブラと申しますわ」


 名を告げただけで、

 相手の視線が、

 一瞬だけ揺れる。


 ——知っている。


 俺の家が、

 何を任されているかを。


「本日は、

 お時間を頂戴いたしまして、

 ありがとうございます」


 声は柔らかい。

 だが、

 逃げ道は残さない。


「水利の件で、

 少しだけ、

 確認をさせていただきたくて」


 確認。


 追及ではない。

 断罪でもない。


 だが、

 巻き戻しはできない。


「わたくしどもの領地は、

 下流にございますでしょう?」


 当然の事実を、

 あえて口にする。


「上流のご判断が、

 どのような形で届くのか」


 微笑みを崩さず、

 視線だけを合わせる。


「それを、

 正しく把握しておきたいのですわ」


 ——俺は、

 もう答えを知っている。


 知った上で、

 来ている。


「ご安心くださいませ」


 間を置く。

 ほんの、意図的に。


「責めに参ったわけでは、

 ございませんの」


 ——まだ。


「ただ、

 今回の件は」


 そこで、

 言葉を選ばずに告げた。


「少々、

 品位礼節に欠けますわね」


 声色は変えない。

 感情も乗せない。


 評価を下しただけだ。


「人間の方々が、

 ご自身の恐怖から

 工夫を重ねること自体は、

 理解しております」


 ——俺は、

 そこを否定しない。


 発展に、

 代償が伴わないことなど、

 あり得ない。


「けれど」


 空気が、

 そこで一段、落ちる。


「線引きが、

 少々、雑ですわ」


 誰を強くするために、

 誰を誤差にしたのか。


 その答えを、

 俺は聞きに来た。


「よろしければ、

 お紅茶をご一緒に」


 何も知らない顔で、

 そう勧める。


 ——俺は、

 もう決めている。


 これは、

 話し合いになるか。


 それとも、

 処理になるか。

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