第2話 紅茶は下流で育つ

 俺は、自分の領地を歩く。


 紅茶畑は、朝のうちに見るに限る。

 光が強くなる前の葉は、

 余計な自己主張をしない。


 茶というのは、

 正直な作物だ。


 土が悪ければ、すぐに応える。

 水が乱れれば、味が散る。

 人が雑なら、葉も雑になる。


 この世界の紅茶は、

 地域ごとに性質が違う。


 高地のものは香りが立つが、

 持続がない。

 低地のものは重く、

 だが扱いを誤ると鈍る。


 そして、

 俺の領地は下流だ。


 水は、必ずここを通る。


 上流で行われたすべての選択が、

 遅れて、

 濾されて、

 形を変えて、

 ここに届く。


 それは欠点でもあり、

 利点でもある。


 下流の水は、

 嘘をつかない。


 良いものも、

 悪いものも、

 必ず沈殿する。


 俺は、水路に屈み、

 指先で水をすくう。


 冷たさは、適正。

 流速は、許容範囲。


 だが、

 微かに、軽い。


 上流で、

 何かが削られている。


「また、か」


 声には出さない。

 ここでは、

 それが日常だからだ。


 紅茶栽培は、

 茶葉だけを見ても意味がない。


 魔力の有無。

 土壌の循環。

 水脈の癖。

 人の生活。


 どれか一つでも雑になれば、

 紅茶は、

 途端に「ただの色水」になる。


 だから俺は、

 茶畑だけを管理しない。


 水を見て、

 人を見て、

 生活を見る。


 茶葉は、

 その結果として育つものだ。


 下流であるという事実は、

 消えない。


 いくら整えても、

 上流の判断ひとつで、

 状況は変わる。


 それでも、

 だからこそ、

 ここでしか作れない紅茶がある。


 雑味を受け止め、

 それを削ぎ、

 残るものだけを抽出する。


 下流の紅茶は、

 手間がかかる。


 だが、

 その分だけ、

 深くなる。


 俺は、

 茶葉を一枚、指で挟む。


 厚みは足りている。

 筋も素直だ。


 ——悪くない。


 問題があるとすれば、

 それは畑ではない。


 水だ。


 そして、

 水を雑に扱う人間だ。


 だが、

 紅茶は、

 まだ応えている。


 それだけで、

 この領地は、

 まだ生きていると言える。


 俺は、

 一息つくために、

 ポットに湯を注ぐ。


 香りが立つ。


 ——下流でも、

 これだけのものは出せる。


 だからこそ。


 これを軽んじる者がいれば、

 俺は、

 必ず覚えておく。


 紅茶は、

 記憶する。


 水も、

 人も、

 そして、

 扱った者の品性も。

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