第4話 ちくわ黙示録

放課後。


俺は彩城麗奈を尾行していた。


ストーカーだな、これ。完全に。言い訳のしようもない。客観的に見れば完全にアウトだ。通報されたら終わる。


でも仕方ない。


普通に話しかけたって、こいつは俺なんか相手にしない。カースト最下位のキモオタが、一軍ギャルに声をかける? 無視されるか、悲鳴を上げられるか、最悪通報されるのがオチだ。


だから、一人になるタイミングを狙う。逃げ場のない状況で、話を聞かせる。


やっぱりストーカーの発想だな。分かってる。分かってるけど、他に方法がない。



「じゃーねー、麗奈」「おつかれ〜」「弟くんによろしく〜」


校門の前で、ギャルグループが解散した。


彩城は手を振って、駅へ向かった。


俺も同じ電車に乗った。車両は別にして、距離を取る。


電車の中で、彩城はスマホを見ていた。たぶんSNSだ。絵の反応をチェックしてるんだろう。口元が微かに緩んでいる。


昼休みに見たのと同じ顔だ。「ちくわ黙示録」の投稿を見ていたときの顔。学校で友達と騒いでいるときより、よっぽど生き生きしてる。


お前の本当の居場所は、そっちなんだろ。



彩城の地元の駅で降りた。


彩城は改札を抜けて、住宅街の方へ歩いていく。弟の保育園に迎えに行くんだろ。SNSの投稿で既に把握済みだ。


俺は距離を取って後をつけた。


保育園の手前、人通りの少ない道まで来た。ここなら知り合いに見られる心配も少ないはずだ。


今だ。


足が動かない。


彩城の背中だけがやけに遠い。周りの景色がぼやけて、そこだけピントが合ってる。


怖い。


認めたくないけど、怖い。拒絶されるのが怖い。「キモい」って言われるのが怖い。


彩城の背中が遠ざかっていく。


今行かなきゃ、保育園に着く。人目がある場所じゃ話せない。


行け。


行け。今すぐ行け。


俺は奥歯を噛み締めて、足を速めた。彩城の斜め後ろにつく。


「彩城」


声をかけた。


彩城が振り向く。俺を見た瞬間、眉が寄った。警戒。嫌悪。困惑。


「…………だ、誰?」


知らない、という顔。当然だ。同じ学年でも、俺みたいな底辺は視界に入らない。


「同じ学年。灰原」


「は? 知らないんだけど」


「知らなくて当然だ。クラスも違うし」


「じゃあ何? あたしに何の用?」


彩城が一歩下がった。スマホを握りしめている。いつでも通報できる姿勢だ。


「違う。話がある」


「話? あんたみたいなのと話すことないんだけど」


あんたみたいなの。


まあ、そうだろうな。こんな小太りのキモオタに声かけられて、嬉しい女がいるわけない。


でも、関係ない。


「ある」


俺は彩城の目を見た。


心臓がうるさい。手のひらが汗ばんでいる。こいつに拒絶されたら、俺には何も残らない。半年かけて見つけた、たった一人の絵師。こいつの代わりはいない。


逃げるな。ここで引いたら、全部終わりだ。


覚悟を決めて、腹の底から声を押し出した。


「お前、PNペンネーム『ちくわ黙示録』だろ」



彩城の動きが、完全に止まった。


表情が凍りついている。目が見開かれて、唇が微かに震えている。


数秒の沈黙。住宅街の静けさが、やけに重く感じる。


「……は?」


声が掠れている。喉に何かが詰まっているみたいに、言葉がうまく出てこない。それでも彩城は、必死に声を絞り出した。


「何、言って——」


「とぼけるな」


俺は一歩、彩城に近づいた。


「お前が『ちくわ黙示録』だ。SNSでBL描いてる絵師。フォロワー3万」


彩城の顔から、血の気が引いていく。一歩後ずさった。逃げようとしている。でも、足が動かないみたいだ。


「な、何が、目的?」


上擦った震える声で、彩城が言った。


目的か。


そんなの、決まっている。



あれは半年前だ。深夜三時、SNSのタイムラインに流れてきた。受けのキャラが、腰を浮かせた瞬間の一枚絵。衣服のシワ。体重移動で生まれる皮膚の張り。汗の一滴が鎖骨を伝う軌道。


BLだった。興味のないジャンルだった。


なのに、目が離せなかった。


こいつは「分かってる」。


人体がどう動くか。どこに力が入るか。どこが色っぽいか。


全部分かって描いてる。


俺はすぐさま、過去の投稿を全部遡った。最初の一枚から、最新の一枚まで。


気づいたら朝になってた。


こいつだ、と思った。こいつの絵が欲しい。



「お前の絵が必要だ」


俺はそう言った。

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2025年12月31日 22:12

萌えなき世界の救世主 〜キモオタが才能ある女子を沼に落として脳溶けゲーを作る〜 ダルい眠 @darui_nemu

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