第3話 彩城麗奈

昼休み。


俺は廊下を歩いていた。目的地は1年C組。彩城麗奈の教室だ。


途中、1年B組の前を通りかかると、白峰 清嗣しらみね きよつぐが女子に囲まれているのが見えた。端正な顔立ち。清潔感のある身だしなみ。柔らかな物腰。


「白峰くん、お昼一緒に食べない?」


「ねえ、放課後時間ある?」


白峰は困ったように微笑んで、やんわりと断っている。キザな奴だ。それがまた「清楚」で「守りたくなる」らしい。女子たちはキャーキャー言っている。


白峰は内部進学組だ。中学から鳳学園にいて、生徒会や委員会で実績を積んできた連中。高校から外部入学した俺とは、土台が違う。


そういえば、今年は1年から生徒会長が出たらしい。内部進学組で、中学時代から生徒会を仕切っていた女子だとか。この学校では珍しいことじゃない。中高一貫だから、中学で実績を積んだ奴が高校でもそのまま引っ張る。学年より実力。それがこの学校のやり方だ。


この学校、内部進学組が強すぎないか。


1学年に男子は二十人。その中でも白峰は別格扱いだ。健全保安委員会なるものの委員長に就いている。男で委員長は珍しいらしい。


同じ『男子』という希少種なのに、俺とは扱いが天と地ほど違う。

まあ、当然か。あっちは『理想』で、こっちは『欠陥品』だ。

別にいい。友達が欲しいわけじゃない。俺には、やることがある。


1年C組の前まで来た。


廊下の向こうから、派手な集団が歩いてきた。ギャルグループ。その中心に彩城麗奈がいた。仲間と笑いながら何か喋っている。


「え〜、麗奈また弟くん?」


「しょうがないじゃん、今日あたしの番だし」


「えらいね〜」


「えらくないし。てか早く帰りたいだけ」


弟の話。SNSでもよく出てくる。溺愛してる。投稿時間が深夜に集中してるのも、弟を寝かしつけた後だからだろう。


「彼氏とか作んないの〜?」


「めんどくさ」


「男子に興味ない系?」


「興味っていうか、時間ないし」


男の取り合いが日常茶飯事のこの学校で、こいつはそこに参加していない。男子に興味がない。この世界では珍しいタイプだ。


理想が高すぎて、現実の男が物足りないのかもしれない。


こいつの描く「攻め」、とてつもなく肉食的だ。強引で、押しが強くて、相手に馬乗りして押し倒すタイプ。


しかし、気になる。

この世界の男は「受け身」が当たり前だ。守られて、選ばれて、従う。それが「理想の男性像」。


なのに、BLには「攻め」というジャンルがある。肉食的で、強引で、主導権を握る男。現実には存在しないタイプだ。


それを描く奴がいて、読む奴がいる。


需要があるってことだ。女性側には、潜在的に「そういう男」を求めてる層がいる。

なら、男性側にも同じことが言えるんじゃないか。俺の作るゲームにも、少ないなりの客がいるかもしれない。


まぁ、今はどっちでもいい。彩城に彼氏がいないのは、俺にとっては好都合だ。変に男がいたら面倒だからな。


彩城がふとスマホを見た。

一瞬だけ、表情が変わる。

口元が緩む。目が輝く。


さっきまでの「だるい」が嘘みたいに、生き生きしてる。

SNSの通知か。絵の反応でも見てるな。


いい顔するじゃん。さっきまでのだるそうな表情より、よっぽど魅力的だ。

自分の作ったものに誰かが反応してくれる瞬間。ああいう顔になるのか。


見たい。めちゃくちゃ見たい。創作してる時のお前の顔が見たい。


「麗奈、何見てんの〜?」


「んー? 何でもない」


すぐにスマホをしまう。さっきの表情は消えて、だるそうなギャルに戻っている。


使い分けてる。

「彩城麗奈」と「ちくわ黙示録」を。誰にもバレないように、二重生活を送っている。


分かるよ。俺も似たようなもんだ。

でも、お前は一人で描いてる。誰にも見せられないものを、一人で抱えて。それがどれだけ孤独か——いや、俺がそうだっただけか。


彩城たちが通り過ぎていく。俺には目もくれない。当然だ。俺みたいなのは、視界にすら入らない。


それでいい。


放課後。彩城は弟の迎えがあるから、早めに帰る。ギャルグループと別れて、一人になるタイミングがある。そこを狙う。


さて、どう声をかけるか。

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