第2話 幼馴染
「司くん、起きて」
聞き覚えのある声がして、意識が浮上する。瞼が重い。
何時間寝た?……三時間か。
「司くん。朝だよ。学校」
カーテンが開く音。眩しい。
「……陽菜か」
「陽菜だよ。さっきおばさんとすれ違った。『司を起こしてあげて』って」
目を開けると、幼馴染の顔があった。
「また夜更かしでしょ」
「……してない」
「嘘。目の下、クマすごいよ。まぁ、いつものことだけど」
陽菜が机の上に包みを置いた。おにぎりとお茶。
「おばさんから。『朝ごはん食べさせて』って」
「……ああ」
おにぎりを一つ取って、頬張る。鮭が入っている。うまい。
母さん、忙しいのに作ってくれたのか。正直、ありがたい。でもそれを口に出すのは、なんか違う。
陽菜は俺の家から徒歩一分、三軒隣に住んでいる。幼稚園の頃からだったか、こうやって世話を焼かれている。
普通なら問題になる。この世界では、男の家に女が出入りするなんて大事件だ。
でも陽菜は「幼馴染だから」で全部済ませる。周囲もそれで納得している。
納得しているのか?麻痺しているだけじゃないか?まあ、俺には都合がいい。
「そろそろ支度しなよ。遅刻するよ」
「分かった」
おにぎりをもう一つ頬張り、お茶で流し込む。
陽菜は詮索してこない。それがありがたい。
*
五月も半ば。GWの余韻も消えた、気だるげな朝。
登校中、何人かの女子とすれ違った。視線を感じる。だが、それは好意じゃない。
近づいてきた二人組が、俺を見るなり歩幅を揃えて進路を変える。会話は続いているのに、空気だけが少し冷える。嫌悪。警戒。あるいは失望。
男女比1:10。この世界では、男というだけで価値がある。清潔感があって、従順で、守ってあげたくなるような男なら、女子からちやほやされる。
俺はその真逆だ。引きこもり生活による不摂生な体型。目の下のクマ。着崩した制服。女子から見れば「守ってあげたい」どころか「近寄りたくない」対象なんだろうな。
「気にしないの」
隣を歩く陽菜が言った。
「気にしてない」
「嘘。顔に出てるよ」
「お前は気にならないのか。俺と一緒に歩いてると、変な目で見られるだろ」
陽菜が首を傾げる。
「だって、司くんは司くんでしょ?小さい頃から知ってるもん。今更だよ」
こいつは昔からこうだ。俺がどんなに変わっても、変わらない。
……なんだよ、その返し。反則だろ。
「ねえ、司くん。ボタンくらいちゃんと留めなよ」
陽菜が俺の制服に手を伸ばした。第二ボタンを留められる。
「っ——」
近い。顔が近い。シャンプーの匂いがする。待て、問題はそこじゃない。
「何?」
「お前、それ」
普通、男子のボタンに触るか?この世界じゃ、それだけで大事件だろ。
陽菜は不思議そうな顔をしている。
こいつ、自覚がないのか。いや、あるんだろう。でも俺相手だと感覚がバグってるんだよな。幼馴染すぎて。
「ほら、急ぐよ。遅刻する」
陽菜が俺の腕を掴んで駆け出す。周囲の女子が、ギョッとした顔でこっちを見た。
「あのキモ男、家守さんに腕引っ張られてる」とか思われてるんだろうな。否定できないのが辛い。
*
校門が見えてきた。
鳳学園。都心の文教区にある国立の中高一貫校だ。エリート校だが学費は安い。税金様々、ってやつだ。
俺がこの学校に入れたのは、理系の成績がよかったから。数学と物理は、なぜか考えなくても解ける。前世で似たようなことをやっていたんだろう。
陽菜は「司くんと同じ学校に行く」と中学3年間ずっと勉強していたらしい。本人は言わないが、母さんから聞いた。
……なんでそこまでするんだよ。
教室に入る。陽菜は自分の席に向かった。俺は窓際の一番後ろの席に座った。
鞄を置く。
1年C組、彩城麗奈。今日、仕掛ける。
「待っていろ」
誰にも聞こえない声で呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます