同僚

「……自己紹介も終わったし……えっと……俺、何すればいいんですか?」

一護は困惑した表情で尋ねた。


玲子は椅子に深くもたれ、足を組みながら気だるく微笑む。

「そうね……初日だし。とりあえず周りの仕事を見て、雰囲気に慣れたらどう?」


その頃、鈴は乱れたお団子を結び直していた。

視線も向けず、唇には煙草。両手で髪をまとめるその姿――

露わになった首筋、肩から少しずれたシャツ。

無意識なのに、反則級に色っぽい。


一護は一瞬、固まった。

(……やばい……何この人……危険な色気……)


「鈴、色気ありすぎでしょ!!」

玲子が突然叫んだ。


次の瞬間――

ピシャッ。


本当に鼻血を出し、片手で鼻を押さえながら、もう片方の手で震える親指を立てる玲子。

目はぎゅっと閉じられていた。


鈴は口元を歪め、煙草を揺らす。

「そう? でもさ、そこの新人くんは全然動じてないみたいだけど。

私、タイプじゃないのかな?」


「ありえないでしょ!!」

玲子は机を叩いて立ち上がった。

「生きてる人間で、あの姿見て無反応な奴なんていないわ!」


一護の前まで歩み寄り――

止まる。


「……あ、やば」


一護は立ったまま――

白目を剥いていた。


「立ったまま気絶したぁぁ!!」

玲子が悲鳴を上げ、肩を掴む。

「しっかりしなさい一護! 初日で死ぬんじゃないわよ!」


激しく揺さぶると、一護がビクッと目を覚ました。


「……あ……な、何が……」

ぼんやり瞬きをする。

「……女神を……見た気が……」


鈴の余裕の笑みが消え、視線を逸らす。

耳がわずかに赤い。


「……チッ。バカばっか」

小さく吐き捨てた。


玲子は何事もなかったかのように手をパンッと叩く。

「はい、じゃあ話を戻すわよ。一護。

今日からあなたは鈴の下で働きます。

正式に『プロジェクト・イート&イート』の一員よ」


一護の顎が外れそうになる。

「えっ!? い、今から!?

さっき環境に慣れろって――」


玲子はペンをくるくる回し、無邪気に笑う。

「えへ……言ったかしら? まあいいじゃない」


くるっと椅子を回し、仕事モード。


「“えへ”じゃないです!!」


その瞬間――

冷たく、強い手が肩に置かれた。


ゾクリ、と背筋が凍る。


「ねぇ、新人」

鈴の声が低く、近い。

「社長の言葉、聞こえなかった?

面接に来ないで、ソフトの改良版だけ送りつけた“実力”、見せてもらおうか」


その笑みは――

サディスティックで、完全に悪魔。


逃げる間もなく、肩を掴まれ引きずられる。


「ま、待って! まだ心の準備が――」


「遅い」


安全地帯から引き剥がされながら、一護は絶望の目で廊下を見た。


(初日……慣れるとか以前に……

俺、死んだな。うん。確実に)


鈴の後ろを歩きながら、半分恐怖――

でも半分は興奮していた。


(……女性、多くないか?)

(IT企業って男だらけだと思ってた……)

(大学の地獄を越えた今……ワンチャン恋愛ある!?)


前を歩く鈴を見る。

黒いスーツ、スラックス、きっちり結ばれた髪。

視線だけで人を殺せそうなディーヴァ感。


(なんで鈴さんだけフルスーツなんだ?

他の女性はスカートとか私服寄りなのに……)


彼は小さく笑う。


(まあいいか……余計にエロいし)


歩くたび、すれ違う社員たちが声をかける。


「おはようございます、鈴さん!」


「コーヒー飲みました?」


「おはよう、鈴!」


――そして、鈴は全員に笑顔で返す。


(……愛されてるんだな)

一護は思った。


鈴が振り返る。

「ねぇ新人。私のプロジェクトでは、私の言葉がルール。

他は自由。今日は初日だし、チームで歓迎会でもやろう」


落ち着いた、余裕ある笑み。


「まずはメンバーに会わせるわ」


「了解です!」

一護は歩調を早めた。

「えっと……何人くらいいるんですか?」


「コアメンバーは6人。

細かい作業用に7〜8人。

編集やUI調整は4階の別チーム。私の管轄じゃない」


「楽しみだなぁ!」

一護はニヤッとする。

「ジジイ共いじり倒してやる」


玲子が小さく笑った。

「ジジイ? 全員若くて優秀よ。私が選んだ」


「えぇ!? ステレオタイプ全部嘘!?」


「どこでそんな馬鹿な知識を――あ、あそこよ。礼儀は忘れないで」


鈴が二人の前で手を叩く。


「おい、バカども。新人よ。一ノ瀬一護」


一護は即座に深くお辞儀。

「よろしくお願いしま――」


――ドボドボ。


足元ギリギリに、コーヒーが落ちてくる。


ゆっくり視線を上げると――

口を開けたまま固まる男。

隣で笑いを必死に堪える女性。


「……リョウ……?

……ユイ……!?」


「お前こそ何してんだよ!!」

リョウが即反応。


二人は即座に取っ組み合い。


鈴がユイに近づく。

「知り合い?」


「大学の後輩です」

ユイは笑う。

「私たち3年の時に入ってきたバカです」


鈴は喧嘩を眺める。

「……仲良さそうには見えないけど」


「友情表現です」

ユイは軽く手を振る。

「あと、一護。山田もいるよ」


一護が止まる。


「……山田……」


「おい! 俺を見ろ!」

リョウが叫ぶ。


鈴が低く言う。


「……やめなさい」


即、沈黙。


そして――

反対側から、もう一つのコーヒーが床を流れてくる。


視線を辿ると――


そこにいたのは山田。

口を開け、コーヒーを垂らし、完全フリーズ。


「イチゴォォォォ!?」

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