Epi.Ⅳ
「女の子が、いなかった?2人。同い年位の」
「女の子……?いや、ミカ、君だけだよ」
そんなハズはない。確かに一緒にいたんだ。
「ここに来る途中、見なかった?」
「うーん、見てないんだよな」
「探しながら、戻りましょうか」
「ううん……いいよ」
装備の傷つきようや、雰囲気からして、2人ともにこの3日間で相当大変な経験をしたと分かる。それに早く戻って、両親を安心させたかった。
輪をかけて意外なことに、ミカを
来たときは足につかまったけど、背に乗せてくれた。
……乗り心地はそんなに変わらないけど、安定感は違ったかな。
戻ってきたミカを、村の外の小道で父と母や、村人数名が待っていた。
村の見張りが知らせたのだろう。
「今日はごちそうだ!パンはたっぷりある」
「いいや、それより何より、まずはお湯で温まるといい」
ああ……見事に意見が割れている。でも、帰ってこられたんだなという感じ。
「僕は、大丈夫だよ」
ミカは苦笑していた。さっきから、もう子どもじゃないんだからやめてと言うのに自分の肩を抱いて放そうとしない両親とともに、明かりのついた見慣れた我が家に入る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数カ月後。
ミカのもとへ、女の子が2人訪ねてきた。
背の高いマントの子と、大人しそうなローブの子。
それも、手のりサイズのピクシードラゴンと一緒に、だ。
「ミカ、久しぶりだね!」
「会いたかったです……すごく」
「う、うん……!!」
てっきり夢かと思っていたけど、どうやら現実だったみたい。
ミカは、真っ先に2人の名前を聞いた。
マントの子は、レグリス。
ローブの子は、サーラ。
「あっれえ、名乗らなかった??」
「探索に夢中すぎて、忘れていたのです……」
レグリスは頭をかき、サーラは冷静に応えていた。……この感じ、懐かしい。
2人はあの日のいきさつを話してくれた。
ドラゴンがこちらへ飛んできていることに、レグリスが気づいた。
ただし、話を聞いていたので取りあえず様子を見よう!となったらしい。
サーラの透明布の中に隠れていたけれど、問題ないと判断した。
ただ……。
「卵を、どうしようかっていうことになってね」
「なるほど……」
すぐに持ち出すと、ドラゴンが気づいてまた怒りだす可能性もあるだろう、ということに。2人はその夜も念のため、古巣で過ごしてから、来た道を辿り、戻ったそうだ。
「でも……、よく気づかれなかったね、ドラゴンに」
見つかっていたらと思うと、けっこうゾッとした。
「んー、まだ持ち去ってはいなかったし、見逃してくれたとか?」
「…………」
サーラが何かワケ知りっぽい顔をしていたけど、何も言わなかった。
ピクシードラゴンは、あの時の卵から生まれてきたそうだ。
「この卵を守りながら、孵すのにずいぶん手間取ってしまって……すぐに会いに来られなくってゴメン!」
と、レグリスが言い、サーラも申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「そんなのいいって、それよりもっとこの子の話やいきさつを知りたいな」
卵やピクシードラゴンの生態について、文献にあたる必要があるとサーラが言い出し、魔法都市まで足を運んだらしい。
「真面目なんだから~、サーラは」
とレグリスは言っていたけれど、ミカは内心……孵すのももちろんだけど、きちんとお世話できるかとか、調べておきたいよな。とナットクした。
目がつぶらで、可愛い外見に似つかわしくない魔法量。
戦闘センスもすでにだいぶ備わっているらしい。
しかも、人の言葉も、8割は理解できるというから驚きだ。
「と言ってもまだ、コントロールや経験は足りないけどね」
「私たちと旅をしていれば、大丈夫です……きっと」
2人は、『旅』にミカを誘おうとしてきたけど、ミカは丁重に断った。
パン焼きの仕事は毎日してこそだ。父の腰や持病の調子も気になる。
「パンか、私、大好きなんだよね!」
とレグリスがはしゃいだ。そういえば、パンの匂いが大好きみたいだったよね。
その日からしばらく、2人は村に滞在した。
ミカの両親は2人を大歓迎して、パンはもちろん素朴ではあるけれど、ごちそうを振舞う。
……何か勘違いしてない?と気になるほどに。
「この村に住みたい!私、ここのより美味しいパンを食べたことがないよ」
とレグリスは毎日言っている。言葉通り、食べるときの顔がすっごく幸せそう。クールな人だと思っていただけに、ギャップにだんだんドキッとさせられていくミカだった。
ある日、小雨の降る中。
村近くの草原で魔法の実験に使う花を夢中で探していたサーラは、神官エルドに傘を差しだされた。
ここだけな話、エルドは誰にでも傘を差しだす。ミカだって数えきれない回数、そうしてもらっている。
察するにエルドは『身体を冷やすな』と言いたいのだと思う。誰かが病気になると、神官の仕事も増える。まあ、何にしてもありがたいことだけど。
サーラは、穏やかで博識なエルドに惹かれたようで、よく2人でいるのを見かけるようになった。
あの内気なサーラがエルドには時折、笑顔を見せるのだからよほどのことだ、とミカは思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから長い年月が経ち、ミカはレグリスと夫婦になった。
申し込んだのはレグリスのほうからだったとか。
サーラとエルドは、今でもとてもいい関係のようだ。
ピクシードラゴンは、サーラとともにいる。
各地を旅することの多いサーラとともに闘い、守ってくれる、いい相棒みたいだ。
すっかり一人前の魔導士になり、とっくにあがり症も克服しているサーラが教えてくれた。
「この子と一緒にいると、色々な幸運が起きるって言われているの。
だから私、可能な限り多くの場所へ行くようにしているわ。
だって、幸運をお届けできるなんて、素敵じゃない」
……そういえば、ドラゴンの古巣でピクシードラゴンの卵を探り当てたあと、天候や魔物たちがとても穏やかになったことを思い出す。
一番は、戻って来たドラゴンがすぐ近くに潜んでいるレグリスとサーラに気づかなかったこと。あれはかなりの幸運だった。
ミカは、父母と、レグリスとともにロウェルの暮らす町へ移り住んだ。
父は数年前に引退して、隠居生活を満喫している。
パン屋として日々、変わらず精を出す傍らには、笑顔のレグリスがいてくれる。
今日も、パンが焼成される香ばしい匂いのなか、
「お店で食べていくかい?パンに合う、温かいお茶はサービスしとくよ」
「そちらのお客様は、クルミのパン5個と、苺クリームパン2個ね、毎度あり」
よく気が付くし、客あしらいが上手い。
町のパン屋はすぐに、かなりの遠方からも客が来るほど繁盛しだした。
今では店を任せられるほど頼りになる店員が何人かいるし、ぜひ働かせてください、と志願をしてきた見習いの若手も熱心に働いている。
パンが完売し、早く店を閉める日。
ミカはよくレグリスと一緒に店の近くの長椅子に座る。
レグリスが、ミカの肩にこつんと頭を寄せる。
「僕がレグリスさんと出会えて、こうしてお店が繁盛したのは、全部、ピクシードラゴンの幸運のおかげな気がする時があるんだ」
「……それだけじゃ、ないでしょ」
ちなみに今ではミカのほうが身長もなんなら15センチ近く高いし、職人として鍛えていて、腕も太い。並ぶとレグリスが可憐に見えるほどだ。
町人には、2人の仲の良さは知れていて、すっかりおなじみの光景。
町からほど近い場所に、見渡す限りの小麦畑が晴天の下、今日も風に揺れている。目を細めて眺める2人だった。
ドラゴンの古巣で ‐ミカ視点ー 宙子 @sorak0
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