Epi.Ⅲ
「ねえってば、何の匂い?」
「分かりませんけど……」
「んー、この辺りからするよ?ほら」
「ちょ、近すぎです!」
「えー、いいじゃない少しくらい」
マントの子は、ミカの服についたパンの匂いに反応していた。
鼻がいいらしい。
しばらく目を閉じて匂いを確認していたけど、眠気がきたのかゴロン、と横になる。胸をなでおろす、ミカだった。
ローブの子が、すーすー、くー、くーとミカの寝ている鼻先で、寝息を立てている。
たまに、むに、とか、ぶぅ、とか意味をなさない寝言も聞こえてくる。
昼間も思ってんだけど、すっごく、すっごく可愛い。
抱え込んでいるピンクの鼻のクマさんらしきぬいぐるみも含めて。
恥ずかしくなって反対を向くと、さっきまでヒソヒソ声でおしゃべりしていたマントの子が寝落ちしている__ただ、今はマントをつけてないし、薄い長めのシャツしかまとっていないんだけど__長い髪もほどいていて、洗い立てのリネンみたいないい匂い。
それに、こうして見るとクール系の美形だ。ミカがいままで見てきた女の子の中で、一番だと思うくらいに。
さっきは向こうを向いてくれていたから、ここまで気にならなかったのに!
マントの子は、寝返りをたくさん打つタイプらしい。
(……これじゃあ、眠れそうもないよ)
実際、一睡もできていない。
翌日、2人は簡単な食事を取ったあとで、マントとローブはこんなことを言い出す。
「昨日は言わなかったけど、この巣から、ものスッッゴいお宝の反応があってね」
「です。歴史を変えるような何かかもしれませんよ……もしかしたら」
え、歴史……を……?
ミカ史上の『女の子図鑑』は昨夜で大更新され、レベルがうなぎ上りしているんだけど。
……それとは明らかに関係ないから、忘れるとして。
昨日でだいぶ目星をつけていたのか、2人はさっきから狭い範囲に探索を集中している。
ちょうど、骨の山があったあたりだ。
今は、8割くらいが移動されている。うち、5割はミカが作業してどかした。
……けっこう重労働だったし、うまく使われ、いやノせられた気もする。とくにマントの子のほうに。
「ミカ~、ちょっと来てよ」
あ、呼んでる。ミカは、骨を運ぶのを止めた。
「ここです、強い気配……!」
今までずっと冷静だったローブの子が、目をキラキラさせている。
フンス!と言いそうな雰囲気。よほどスゴいことなんだろうか。
「あのさ、私でも手が届かなさそうでさ。ミカならどうかなーって」
「やりますよ。……それで、どんなモノなんでしょう」
特徴くらいは知っておきたい。
「あー、それは私たちも予想できてない」
「触ればわかるかも……です」
……乗り掛かった舟だ。ミカ自身、かなり気になっているし。
言われた通り、腕を突っ込んで探る。
「ゆっくりでいいのです、慎重に、お願いします!」
うーん、そう言われても。…………ん??
木の皮や、ボロ布でもない。これは……ツルツルしている。そして、丸みがある。
しかも、触った瞬間、なぜか焼き立てのパンを食べたような幸せがこみあげた。
硬い岩石のくぼみにはまっている何かを掴み、ミカは引き上げた。
「うわーっ、スゴい、スゴい!」
「素晴らしい発見です!……きっと」
2人の目線が、釘付けだ。ミカの手には、卵型の何かが握られていた。
「……それで、これは一体」
「んーーーーー、わかんない」
「調べてみないことには!ですね」
そんなことだろうと思った。いいけど。
ただ、さっきから天候がうって変わって穏やかになったし、魔物の気配や声がほとんどしなくなった。不思議だ。
その夜も、3人でくっつくようにして眠った。
2人は『歴史を変える大発見』をしてゴキゲンらしい。
ローブの子は卵を眺めてはニコニコ。
マントの子は、卵をそーっと磨いては、ニコニコ。
それに、ず~っと鼻歌を歌っていた。
食事が美味しかったのは嬉しかったけれど。
ミカはほとんど眠れなかったけれど、さすがに疲労がたまっていたためか、外でうっすらと日が顔を出すと同時に意識を手放した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ミカ!……ミカ!!」
「大丈夫か」
大声で呼びかけられ、身体を揺さぶられる。
ミカは、目を覚ます。辺りはもう、夕暮れだ。
「……ロウェル、それにエルドも!」
3日前に別れた2人、もう会えないかもと覚悟していた2人が、目の前にいた。
「……よかった、よかった!」
「すみませんでしたミカさん。遅くなりました」
涙ぐんだロウェルに、抱きつかれる。ちょっと息が苦しいけど、それ以上に安心感がある。
力強い羽ばたきと、振動に驚いて、見ると___
マゼンタ色の鱗をした巨大なドラゴンも、数メートル離れた場所に佇んでいる。
3日前とは、まるで様子が違い、何ていうか静かだ。
それはそうと、寝ていたはずのテントが見当たらないし、焚火のあとすらもない。
えっ__?まさか、夢だったの。都合のいい、夢?
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