Epi.Ⅱ


「ねえねえ誰かいるんでしょ!さっき、下から見えたんだから」

「手を、貸してくれると嬉しいのです」


「え……」


「ホラぁ、しゃべれるじゃない」

「ヘクシュ!……早くしてほしいのですぅ」


 思わずガバッと立ち上がって、転んだ。


「いッッタ……!!」



 ミカは、片足をかばうようにして、ぴょんぴょんと声のしてきた方向へ近づく。



 ビュオオオオ~~!!

 強風にあおられて、屈みこむ。


「?……」


 水蒸気みたいな濃いモヤがかかっていて、よく見えない。



 しばらく辺りを見回していると、声のしたほうからニョキッと何かが伸びてきた。

 しなやかな流線形。これは……手だ。


 パタパタと何かを探すように動いている。


「ああ、見えた……つかみますよ?」

「ヨロシク~!」


 ミカは、古巣を形成している太くて曲がっている木のツルの間から手を伸ばし、キャッチした。


「そうそう。ねえ、引っ張りあげてよ」


 ……不安はあるけど、イヤな感じはしない。何より、言葉が通じるし。


 少しためらったが、グッと手に力を込めた。

 思っていたより重量が伝わってくる。


「ちょっ、もっと力を入れてよ」

「く……やってます……よ」

「何よ、私がすっごく重たいみたいじゃない」

「そんなこと……(あるんだけど)」

「失礼ね!」


 そんなやり取りはあったけど、なんだかんだ、どうにかなった。


 ミカより10㎝ちかく長身の、スレンダーで小麦色の肌、薄い桃色の髪の女の子だ。クロスボウを携行していて、経験のある冒険者って感じ。


「ありがとー、意外に力あるじゃない!あ、もう1人もお願い」

「えっ……いいです……けど」

「早く早く!」


 なぜだか、村の畑で大きく実りすぎた野菜の引き抜きを手伝ったときのイメージが浮かんだ。……こんなこと言ったら絶対、怒るだろうな。



 ミカは、もう1人の女の子もなんだかんだで引っ張り上げた。

 普段、腰の悪い父の代わりに小麦粉の袋を運んでいるから、見た目よりも筋肉はある。


 大人しそうな感じで、ブルーグレーの髪。ローブを着用している。


 さすがに、息があがった。1人目より軽くて、助かったな。と思っていると……


「アナタ、名前は?」


 と聞かれた。ミカだと答えると、次々に質問が飛んでくる。


「ミカはどこから来たの?何しに?」

「こちらには、どのくらいいるのでしょうか」


 正直に答える。


「そっか、大変だったんだな」


 しんみりとした空気が流れる。

 ただ、2人の興味は、早くも他のこと……というか、に移ったみたいだ。


「ミカには教えとくね。私たち、お宝を探してるの!」

「……です。各地の、ドラゴンの巣を巡っています」


 短い説明を終えると同時に、2人は巣の探索を始める。


「わあ~。すごい、銀貨があるよ」

「この巻物も、貴重そうだね。思ってたより収穫ありそうだな。古巣にしては」


 と、盛り上がっている。2人は容姿からして、姉妹ではなさそうだ。

 冒険者仲間ってところか。


 ミカは恐怖で見えていなかったけれど、散らばった羽や巣材のスキマをよく探せば、金属製品や貴重な魔法道具が見つけられるようだ。……探知のスキルや魔道具を使っているのかも。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 しばらくして、ミカはいい匂いに気が付いた。


「あ、気づいた~?」


 こっちにおいでよ、とばかりにマントの子が手招きする。


 木々でキャンプファイヤーが組まれ、鍋がくつくつと煮えていた。

 スープをつくったみたいだ。


「ここへ来る間に物資が減ったから、そんないい具材じゃないけど、ないよりいいかなって」


 グルグルと鍋をかき回していた子も、チラと目線を投げかけてくる。


「……空腹はよくありません。ミカさんも一緒に、食べるのです」



 ハーブに野草も入っていて、鳥みたいな風味も感じる。

 もうちょっと塩気はほしいけど、何ていうかすご~く、沁みた。


 ミカがスプーンをせっせと口に運ぶのを見て、2人の女の子は顔を見合わせて笑った。




 夕方、雨が降った。


「ここでは水が貴重だね」


 マントの子が言い出し、古巣の足元や巣材の間から注意深く掘り出した、金属製の器やカップに水をためる。



「こんなのも、あります」


 ローブの子が、大きな葉っぱを取り出した。道中、採ってきたのだろう。


 どう使うのか気になって見ていたら、何枚か重ねて、漏斗ろうとみたいな形を作り、携行してきた水筒に差し込んでいた。


「なるほど、集めやすいですね」

「そ、です……この葉っぱは柔らかくて、サラダにすると美味しい……かも」


 感動したミカが女の子と目を合わせたからか、ちょっと恥ずかし気に、目をそらされてしまった。




 日が沈むと、一気に冷え込んでくる。

 魔物も夜行性が多いのか、活発になっている気配。


 ただ、昨日ほど冷たい強風が吹いていないし、何より……。


「簡易だけどな。遠慮しないで入れよ」

「え、いや……でも」

「風が、入ってきます……早くしてほしい」


 手を引かれて、内側に誘われる。


「!!」



 パチン、という音とともに、辺りが明るくなる。やわらかい敷物やちょっとした収納棚まであって、外に比べると段違いに居心地がいい。


 ただ、そんなに広くはないけど……。


「あまり大きくは作れない。ごめん」


 ミカの表情から察したように、ローブの子が言う。



 でも、手足は伸ばせるし、快適だ。何より外の脅威から守られている感じがありがたい。



「ほい、これ」


 と何かを渡される。温まった石のようなものが、つやのある布の袋にくるまれている。手にしていると温かい。



 しばらくすると、ローブの子がうつらうつらと舟をこぎ始める。



「……今日はもう寝よっか」

「はい……えっ」

「何?いまさら外に出るとか言い出さないよね」

「い、いえ……」


「……ねぇ、何かいい匂いするんだけど」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る