ドラゴンの古巣で ‐ミカ視点ー

宙子

Epi.Ⅰ



 身を刺すような冷たい風が、容赦なく吹きすさぶ。



 ギャッギャッギャ!

 オオオオオオーーーン……



 弱いものをあざ笑うような鳴き声と、巨大な魔物の気配がすぐ側に感じられる。

 今にも自分の身が引き裂かれる何かが、起こるのではないか。



「はぁ、はぁ……ううぅ……」


 ミカが放置された、この絶壁の7、8メートルほどはあろうかという古巣には、ボロボロの羽や、グルグル巻き付いた布切れ、得体のしれない骨のようなものが散らばっている。



 パン屋の息子ミカは、回想していた。

 この非情な現実を忘れたいがためかもしれない__



「僕を連れて行って、お願いです!」



 ミカが暮らす小さな町に、マゼンタ色の巨大なドラゴンが、突如襲来してきた。


 そして、あろうことか、ミカの父に狙いを定めたのだ。




 父は長年、村唯一のパン屋を切り盛りしているし、息子ミカの手前、強がって元気にふるまっている。


 けれど、ミカはとっくに知っていた。父さんは腰が悪く、持病も抱えている。

 どこに連れていかれるか想像もつかないが、1日と持たないかもしれない。

(相手は激怒したドラゴンだ、絶対ひどい目に遭わされる)


 もし何かあったら、母は2度と立ち直れないほど嘆き悲しむだろう。普段は憎まれ口ばっかり叩いてるけど、すごく家族想いな人だから。


 外の様子を伺った母は、ミカに言いつけた。


「あんたは隠れていなさい!絶対に出るんじゃないよ」



 でも、ミカは言いつけを破った。じっとしていられなかったのだ。



 全身が震えて、ドアを出てすぐ何かにつまずいた。

 自分でもかっこ悪いな、と思いながら、必死で訴えかけたのだった。





 ドラゴンの無機質でゴツゴツとした前足につかまり、瞬く間に上空へ。

 ただ、いつものように夜空の星々を愛でる余裕はない。


 ミカは、すでに涙を流していた。それに、鼻水も。


「うっ……グス」


 ……情けない。跡取りなんだから、もっと強くなりなさい、と母さんにも再三言われてきたのに。


 でも、怖いんだから仕方がない。それに、すごくすごく寒い。

 向かい風がビュンビュン吹き付けてきて、刃のように頬をきってゆく。


「母さん、父さん……!」


 首元に巻き付き、後ろできつく結ばれたマフラーの手触りを確かめる。

 母さんの手作りだ。正直、おしゃれとはいえないデザイン。毎年、受け取るのをイヤがってたけど、こんな時はなぜかありがたく感じる。





「降りろ、人間」

「!……っはい」



 促されて、恐る恐る足を踏み出す。足元は硬く、凸凹としている。


 ミカが着地したのを確認するや否や、ドラゴンは無言で離れ、飛び立った。


「……」


 人質だから覚悟はしていたけど、とんでもないところへ来てしまった。

 また涙がぶり返してきて、ひとしきり泣く。



「のどが、渇く……」


 暗闇に目が慣れ、慎重に歩き回ってみる。

 案外、広いのだ。居心地は最悪だけれど。


「!!……」


 高すぎる。言葉も出なくて、足がすくんだ。

 しまった、下を見るんじゃなかった。

 また泣きたくなってきたのを、こらえる。



 永遠に感じられる暗闇の中、震えていたらだんだんと夜が明けてきた。

 疲れ果てているけれど、太陽はキレイだ。



「おーい、おーーーい」


 ビクッとして、ミカは飛び起きた。座り込んで、ウトウトと寝ていたらしい。


(声が聞こえた。……女の子?いやいや、こんな断崖絶壁に、来られるワケないよな、疲れすぎて幻聴が聞こえたんだな)


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