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SIDE:アッシュ
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朝の訓練場は、まだ空気が冷たい。
俺は朝礼台の横で隊長たちから書類を受け取りながら、集まり始めた団員たちの様子をなんとなく眺めていた。
今日は落ち着かない。理由は分かってる。
でも、顔には出さないように努めた。
「副団長、おはようございます!」
入団当初はひょろひょろだったのに、今では見事な“筋肉だるま”になったハンスが木剣を肩に引っかけながら駆け寄ってくる。
すぐ後ろでは、俺と同期のティオが眠そうに伸びをしていた。
「今日、治癒魔法師が着任するんですよね!」
「十年ぶりだろ?どんな人かなー。レアン様みたいな腹黒王子じゃなきゃいいけど…」
好き放題言ってんな、と内心で苦笑する。
約八十年ぶりの女性治癒魔法師なんだぞ、と言いかけて飲み込んだ。
「お前ら、レアン様の前でそれ言うなよ。これでもかってくらい痛む方の治癒魔法かけられるぞ」
俺がそう返すと、ティオが「え…アッシュが隠すってことはイケてない人?」と悪びれずに言ってきた。
「期待しすぎんなって。治癒魔法師ってのは基本エリート様だ。俺らに合わせろなんて無茶だろ」
できるだけ平坦に答えたつもりだったけど、胸の奥がくすぐったい。
セリス――名前を思い出すだけで、呼吸がひとつ上がる。
二人は「まあ確かに!」と笑いながら集合場所に向かっていった。
ざわめきが、いつもより少し晴れやかに聞こえる。
俺の横を通り過ぎる年長の団員がぽつりと漏らす。
「にしても、治癒魔法師なんて本当に来るのかね。夢みたいな話だ」
「だよな。第五に配属とか…正気か?」
第五騎士団が置かれた過酷な状況の中で生き抜いてきた者の本音だ。
何なら俺だって、つい昨日まで同じことを思ってた。
朝の光を反射して、訓練場の端に影が揺れた。
そちらを向いた瞬間、心臓が跳ねる。
団長がこちらへ歩いてくる。その後ろには、ローブを纏った小柄な影。
――来た。
深く息を吸い、胸のざわめきを押し込むと声を張った。
「はい、みんなサクッと集合ー。今日の朝礼はちょっと特別、だろ?」
団員たちは四個隊の通常編成に移りながら一斉に整列する。
整備報告を受け、アッシュは団長に集合完了を告げた。
ヴァルドは頷き、朝礼台に登る。セリスはその後ろに静かに従った。
「諸君、おはよう。皆知ってのとおり、本日付で我が第五騎士団に治癒魔法師が着任した。セリス、自己紹介を」
ざわっ、と団員が一気に沸く。
名前は知ってた。来ることも知ってた。
でも、その後ろ姿を見て空気が変わった。
「…なんか、小さくね?」
「え、嘘だろ…?」
囁きが広がり、次の瞬間には静まり返る。
セリスは困ったように微笑みながらも、背筋を伸ばして一歩前へ進む。
よく通る、凛とした声で名乗った。
団員たちは、誰からともなく息を呑んだ。
俺はセリスのその横顔を見上げ、妙に安堵した。
――ああ、これなら。第五でもやっていける。うん、何とかなる、たぶん。
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治癒魔法師セリス・アストリル 東間 澄 @azuma_sumi
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