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SIDE:アッシュ
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アッシュはハッと我に返ると、慌てて姿勢を正して自己紹介をした。
セリス様、と呼びかけて名乗ったからだろう。彼女は「セリスで結構ですよ、副団長殿」と穏やかに返した。
先程とは異なり、妙な落ち着きのある、大人びてすら見える微笑みだった。
副団長室の向かいにある、着任までに体裁を整えるのに非常に骨が折れた物置部屋――改め治癒魔法師室へと移動し、三人での簡単な打ち合わせが始まった。
「…前任の治癒魔法師は、根を詰めすぎて心身を害された。どうか同じ轍は踏まないでほしい」
いつもの氷のような表情の奥に、わずかな切実さを滲ませたヴァルドはそう言った。
「もちろんです」
セリスは一拍も置かずに答えた。
「自身の心身の管理もまた、治癒魔法師の責務だと考えています。私の持てる力を最大限に、長く、発揮することをお約束します」
その言葉に宿る芯の強さに、アッシュは胸が詰まった。
――弟?俺は馬鹿か。彼女は、職務を全うするためにここに来たんだ。
浮かれていた自分との落差に、なんとなく背筋が伸びる。
「それから、ひとつお願いがあります」
セリスは、俺たちを真っ直ぐに見据えた。
「私を、“聖職者”ではなく、“治癒魔法師”として扱っていただきたいのです。治癒の時以外は、過剰に敬意を払わなくて結構です」
約八十年ぶりの女性治癒魔法師、もはや伝説みたいな存在なのに、とアッシュは思わず言いかけたが、セリスの表情に少しだけ影が落ちたのを見て、口を噤む。
「…治癒魔法の発現そのものは、“女神様の祝福”かもしれません。でも、治癒魔法は神事ではなく、人体の組織を復元する技術なんです」
セリスの若葉色の瞳が淡く光り、静かな熱を帯びる。
「どうか、私を治癒魔法師として、一人の技術者として評価してください。それが私からのお願いです」
ヴァルドは静かに頷いた。
「ああ。君の望み通りにしよう。セリス、ようこそ第五騎士団へ」
アッシュはそのやり取りを見つめながら、胸の奥に小さな熱が灯るのを感じていた。
それは尊敬であり、焦りであり――まだ名前のつかない“何か”でもあった。
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