治癒魔法師セリス・アストリル

東間 澄

1章

1

SIDE:アッシュ

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長らく空席だった、第五騎士団の治癒魔法師がついに配属される――団長の言葉に、アッシュはしばし立ちすくんだ。


第五騎士団が警備を預かる王国北方の任務は今も昔も苛烈。根を詰めすぎた前任の治癒魔法師は倒れた。

なお、現在25歳のアッシュが16で入団した時には、既に不在だった。これはあくまで聞いた話だ。


任務を終えれば様々な血にまみれたまま騎士団に戻り、他の騎士団から治癒魔法師を融通してもらうのがいつもの光景。


――“血みどろ第五”と揶揄される俺たちが、一番治癒魔法師を必要としてるはずなのに。


気づけば副団長として調整役に回っていたアッシュは、人知れず何度もいじけた気持ちになった。


治癒魔法は「女神の祝福」と言われるほど稀少な魔法で、魔力のある10歳の男子に発現するそうだ。

昔は「治癒魔法を民に施す、聖女様」なんて存在もいたらしいが。


そして発現後は十年もの教育を経て、病院や教会の職務に就くのが一般的。

仮に騎士団に来ても、配置は第一騎士団から順に埋められる。


俺たち第五まで回ってこないのも仕方ない、とアッシュは諦め続けてきた。


団長から聞いた新任の名は、セリス・アストリル。

養成機関を今年度末に卒業予定の、若き治癒魔法師だ。


彼の騎士団配属が決まった今でも、病院や教会から熱烈な期待と勧誘が寄せられ、王宮医師団までもが獲得に向けて動いているそうだ。


卒業と同時に騎士団へ――王道からは、すっかり外れたルート。

それを自ら選ぶ彼は、間違いなくエリート様ではあるのだが、正直かなりの変わり者だ。


――俺たち“荒くれ第五”と、案外相性いいかもな。


そう考えたアッシュは、彼の着任までに諸準備を整えるため、団長室を後にした。


―――――

春の陽気が眠気を誘う朝だが、いつものような欠伸は出ない。

待ちに待ったこの日。

アッシュにしては珍しく、やや緊張していた。


団長への挨拶を終えたのだろう、団長室のドアが開いた音にその緊張が高まる。


セリスには少しでもいい印象を持ってもらいたい。

業務量も多くなるだろうし、年齢の近い俺の方が団長よりも話しやすいはず。

倒れる前に、頼ってほしい。

兄姉しかいない自分に弟ができるみたいだ、と少しわくわくしてもいた。


副団長室の扉へのノックに応じると、団長が入ってきた。

後ろに続くローブ姿の人物――夢にまで見た、第五の治癒魔法師。


その人が顔を上げた瞬間、アッシュの思考は止まった。


「初めまして、副団長殿。第五騎士団治癒魔法師を拝命しました、セリス・アストリルです」

「え…女性?」

「はい」


「…治癒魔法師で?」


「女性の治癒魔法師は、約八十年ぶりだそうです」


普段はよく回りすぎるほどの口から、素朴な驚きの言葉しか出ない。

貼り付けた笑みを保つのが精いっぱいで、身体まで意識が回らなかった。


対するセリスは、少しはにかみながらも声音は落ち着いている。

その佇まいには静かな意志の強さが垣間見えた。アッシュは呆然としながらも、それを感じ取っていた。


「これからご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


春の花が咲き誇るような微笑みを向けられる。


数刻前まで呑気に思っていた「弟ができるみたい」な感覚は、アッシュの中から完全に消え去っていた。

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