令嬢あいうえお
ある日――伯爵のご子女、ノノ令嬢の通う学校での出来事だ。
「いいこと? 私に逆らえばどうなるか!」
「五月蠅いわね! 口答えするんじゃない!」
「えぇ。大丈夫よ。私は優しいもの」
「お利口にしていれば、ペットとして飼ってあげるわ!」
会談に舞踏会、学校行事とノノ令嬢はいつも大忙しだ。
「今日は遅くなると使用人にお伝えくださいまし」
「くれぐれも遅すぎませんように……旦那様もご心配しております」
稽古事のために、学校の音楽室でピアノの練習をするノノ令嬢。
「今度の発表、絶対失敗できませんわ……ん?」
サンドされた卵のパンを食べながら、外を見ると、
しょぼくれた犬のような少女が歩いていた。今朝のペットだ。
「すいません、すいません!」見知っている女子に突き飛ばされて謝っている。
「清掃しといてくれるかしら」と箒を投げられ、泣きそうな顔をしながら受け取る。
そんな様子を見ながら、ノノ令嬢は面白くなさそうな顔でパンの残りを頬張った。
退屈な時間も無い過密なスケジュールの中。
丁度、空いた時間が出来たのでお手洗いへと行くと――。
冷たい水を頭から掛けられ、泣いているあの少女が居た。
体裁もなく、みすぼらしく。
とめどなく流す大粒の涙を見て、ノノ令嬢は踵を返した。
「なんでかは知らなけど、気分は最悪だわ」
煮え切らない想いを抱えたまま、ノノ令嬢は救護室へと入る。
布を受け取り、そのままさっきのトイレへ行くと――。
「ねぇ、なんでここにいるのよ。さっさと出ていけよ!」
「ノノ令嬢にあんな不快な想いさせておいて、図々しいわよ!」
張り詰めた空気の中、ノノ令嬢は後ろから叫んだ。
「卑怯者ね、貴女達。みんなで寄ってたかって。私のペットになにか用かしら」
「不届き者はアンタらよ。消えなさい」
変なモノでも見るような顔で見上げる少女。
「ほらっ、行くわよ」少女の手を引き、ノノ令嬢はトレイを出た。
「待って! なんで、助けてくれたの?」
みすぼらしさが加速した格好になった少女は、彼女へ問いかける。
難しい問題を前にしても怯まない令嬢は初めて。弱気な顔を見せる。
「め、面倒事を起こされちゃ困るの……それにアンタはペットなのよ」
「もう。とにかく、救護室へ行くわよ」
やることもあるのに、なんで――ノノ令嬢は自問する。
許せなかった、まるで自分の宝物が汚されたみたいに。
呼ぶ声が聞こえる。もうすぐ出番なのだ。
乱暴されたのかと先生に問われたが、誤魔化した。
両手で少女の身体を拭いていく。これではまるで本当にペットのようだ。
「ルールは私が決めるの。これからは私の側に居なさい」
「礼? ふざけないで。貴女はペットなのよ。そうね、タマゴサンドくらいは食べさせてあげるわ」
廊下に2人して出ると、ノノ令嬢は急いで走る。
「私、これからピアノの発表会なの。貴女
を助けた? そんな訳ないじゃない」
「んーまぁ。ひとまず、聞いていきなさい」
晴れやかな、わたくしの大舞台を。
あいうえお短編集 夢野又座/ゆめのマタグラ @wahuu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます