AM8:00

エレベーターに乗って地上20階の自室に戻ったましろを出迎えたのは、保温モードになった炊飯器だった。


ましろは慣れた手つきで、引き出しからエッグセパレーターを取り出した。バランス卵を慎重に割り入れる。透明な白身が重力に従って滑り落ち、セパレーターの中心には、宝石のような輝きを放つ黄金色の卵黄だけが残された。 そういえば手を洗っていなかったが、もういいだろう。


「白身は……メレンゲ状になるまで、空気を含ませるのが最適解」 

まずは白身だけを熱々の銀シャリに投入し、箸で高速に撹拌する。炊きたてのお米の熱でわずかに凝固し始めた白身が、淡雪のようなフワフワの層を作り出した。仕上げに使うのは、調味料棚の奥に鎮座する、「いつまでも新鮮・密封ソイソース」であった。要は醤油である

「……これ、高校受験の前からずっと家にあるんだよね」 

そんな皮肉を零しながら、メレンゲの中心に鎮座させた卵黄へ、その漆黒の雫を一垂らし。

立ち昇る醤油の香ばしさが、無機質なキッチンを一気に支配していく。


ましろは、その黄金の山を崩し、米の一粒一粒をコーティングするように混ぜ合わせた。


一口、口に運んだ瞬間。卵黄のねっとりとした濃厚なコクが、トリュフの香りと共に鼻を抜けていく。

白身がもたらすフワフワとした軽やかさと、卵黄の重厚な旨み。それらが最高級の調味料によって一つに束ねられ、口の中でリゾットのようなとろりとした一体感を醸し出す。 

「…………おいしい」 


ましろはスウェットの大きな袖で、熱さでわずかに潤んだ目を拭うと、誰にも邪魔されない自分だけの時間を噛み締めるように、再び茶碗へと顔を寄せた。 


いただきますは?まだ言い忘れたことに気づいていないようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無題ーTKGー 花森遊梨(はなもりゆうり) @STRENGH081224

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画