8:命の特急便

 新居の生活にも慣れたある日、ママチャリの注油している時に配送の依頼が届いた。


『第38階層:パーティ全員が麻痺毒にやられました。解毒薬 5瓶、大至急! 報酬は3倍出します!』

『第42階層:不意打ちで明かりを失い、暗闇で脱出不可能。魔導ランタンと予備の魔石、大至急! 暗闇で一歩も動けません!』

『第25階層:耐火マントが焼け焦げました。氷結魔法のスクロールと予備のマント、大至急! 撤退ルートが火の海です!』

『第47階層:盾役の重装鎧が破損。接合用の魔導ハンダと簡易修理キット、大至急! 次のボス戦に間に合わせろ!』

『第17階層:もう疲れちゃって 全然動けなくてェ…』

『第30階層:食料袋が魔物に食われました。保存食10日分と水袋、大至急! 空腹で魔法が使えません!』


 営業時間になると一斉にアプリの通知が鳴り響く。開業した当初は、ネタにしたい輩たちや、物珍しさで依頼を出してくる連中ばかりだったが、ブラックリストに放りまくったお陰で、迷惑な客はかなり減った。

 安い依頼も、高い依頼も基本的には全て受け付ける。それが当社のポリシーです。


 依頼を片付けて昼飯を食って居た時、新規のお客さんだが、妙に気になる依頼に目に止まった。


『第45階層:ハハキトク、イマスグモドレ』

 なんだこれ、昔見た映画に出てきた電報みたいだな。今も電報ってあるのかな?


 母危篤、今すぐ戻れって事だよな。

 こういうのに弱いんだよな⋯⋯。本来なら内容不十分の依頼は受け付けないが、母というワードに釣られ、特例で連絡を取ってみることにした。


「もしもしー、ダンジョンイーツの天野アマノレンと申します。先程、配送の依頼を確認したのですが、不明な点が多かったので、詳しいお話をお伺いしても宜しいですか?」


「わざわざご連絡有り難うございます。……アプリの使い方も分からなくて、この依頼が可能なのはダンジョンイーツのレン様位だとお聞きしまして……」


 詳しく話を聞けば、彼の仕える家の奥様が急病で、今夜が山だという。 一人息子は第45階層の深部。通常の伝令では往復3日。だが、一度俺の常識外の配達速度を人伝に聞いた老紳士は、震える手で操作した結果、ああなったそうだ。


「分かりました。――大至急探して、連れてきます。」


 俺は愛用の自転車デリバリーランサーに跨り、迷宮へ向かった。スキル【絶対配送】によって、垂直な壁も天井も道に変え、最短距離を「弾丸」のように激走した。数時間後、駆けずり回って発見した息子を無理やり後部座席に乗せ、再び激走。

 地上の病院へ滑り込んだ時、息子は腰を抜かしていたが、なんとか母親の元に連れて行った。


 だが、病室のモニターは、無情にも彼女の命が消えかかっていることを示していた。


「……母さん! 母さんッ!!目を覚ましてくれよ…」


 泣き叫ぶ息子。俺は拳を握りしめ、自分の無力さに唇を噛んだ。俺には連れてくることしか出来ないのか…。いや、まずは誰かに相談してみよう。今俺には頼りになる友達がいるのだ。


「カグヤか?ちょっと聞きたいことがあるんだ……」

 ちょうどオフだと言うカグヤは、病院まで直接俺の話を聞きに来てくれた。

 そして、カグヤは老紳士から、母親の病名を聞くと、俺にひとつの提案をしてきた。


 彼女はスマホをぽちぽちっし、世にも珍しい花の写真を見せてきた。


「第56階層の極寒地帯に咲く氷蓮華ひょうれんげの露があれば根治が可能よ。ただし、摘んだ瞬間から1分以内に服用させなければ毒に変わるわ」


「1分!? 俺の絶対配送を使っても……往復で10分以上かかるか……デリバリーバッグの効果で使用期限が十分の1になったとしても、かなり際どいな……!」


「私の魔法で、花を氷結封印して、あなたの自転車で運べばどうかしら?」

 氷結封印とは、一時的に凍らせた物の時間止める魔法らしい。


 カグヤは俺の目を見つめ、答えを待っている。その瞳には、彼女も病室で眠る母親を助けたいという純粋な優しさを感じた。


「ただ、万全を期すためには、私も現地に行くのが望ましいのだけど、レンの最高速に耐えられるかしら……」

「任せろ、人を安全に運ぶ技術も習得済みだ。乗り心地はイマイチだろうけど、チャリの後ろに乗ってくれ。」


 俺はニッと笑い、再び自転車に飛び乗った。

「目標タイムは、全行程合わせて10分だ!行くぞカグヤ!!」

「お、落っこちないように頑張るわ!」


 デリバリーランサーが迷宮を駆け抜ける。第56階層、マイナス50度の極寒。カグヤの極寒から身を護る魔法がなければ、一瞬で凍り付いていたかもしれない。


 カグヤが指示する方向に進むと、一面凍りついた花畑のように見える場所にたどり着く。


「あの氷のような花が氷蓮華よ。」

 俺が『氷蓮華』を摘んだ瞬間、カグヤの声が響く。


『ミッションスタートよ!。レン、結界を発動したわ!残り九分五十秒!』


 復路、俺はもはや壁すら走らなかった。【絶対配送】の概念を拡張し、空気中の魔力粒子を足場にして、空中を一直線に突き抜ける。

 風圧でフレームが悲鳴を上げ、視界が白く染まる。だが、後部座席で俺にしがみつき、、結界を維持するカグヤの頑張りが、俺の限界を超えさせる。


「……あと、三十秒……!」


キキィイイイーーー!

 チャリのブレーキ音が病院の中庭に響く。

 チャリを乗り捨て、廊下を駆け抜け、病室のドアを蹴破った。


「飲ませろ!! 今すぐ!!」


 デリバリーバッグから取り出した氷蓮華は、まだ瑞々しく輝くような露を含んでいた。

 それを母親の唇に流し込んだ。数秒の、無限にも感じる静寂。

 やがて――モニターの鼓動が、力強く刻まれ始め、母親の顔色が、血色をおびてくる。


「……お疲れ様。……最高の仕事だったわよ。レン」


 魔力を使い果たしたカグヤが、椅子に深く腰掛け、初めて俺を名前で呼んだ。

「カグヤもな……、流石だよ。」

 俺もその場に、崩れ落ちた。


 俺の視線の先には、起きあがろうとしている母親と、それを止める老紳士、涙でグチャグチャになった顔で、俺たちに頭を下げる息子の姿があった。


 夕日に照らされた母親の笑顔は、大金を積まれた依頼の何倍もの達成があった。

 俺は、この笑顔が見たくて、この仕事をしているんだと改めて実感した。


 そして、親子の抱擁を眺め、涙するカグヤに、友情以上の気持ちを感じ始めていた。

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