7:引越業務は行っておりません。

 ガイルとギルド雷刃らいじんのメンバーは無事に警察に連行されていった。

 俺の目の前には、もはや住居とは呼べない破壊されたアパートの残骸と、勝ち誇った顔をした日傘のカグヤが残された。


「あの⋯⋯カグヤさ。さっきの同棲ってのは?」

「えっ?同棲ってなんの話?私の所有するマンションに空室があるから、それを貴方に貸そうって話なんだけど?

 さぁ!荷物をまとめて!引越だって配送業務でしょ?レンの得意分野よね?」


「いや⋯⋯引っ越しは業務外なんだけどな⋯⋯」

 とはいえ、ボロボロになった部屋に残された物は、最早使用できない状態だった。皮肉なことに、ガイルが盗もうとしていた、トラックの荷物だけが、無事だった。それらをデリバリーバッグに積み込み、カグヤの所有するマンション「ルナ・コート・レジデンス」に向かった。


◆◆◆


 辿り着いたのは、街の中心部にそびえ立つ超高級マンションだった。その1階、風格のある店構えで暖簾を掲げているのは、俺がダンジョン産の苺を届けている老舗和菓子屋の瑞月だった。


「……瑞月? なんでカグヤが、こんな高級マンションのオーナーなんてやってるんだ?」


「以前から言っていたでしょう? 私、ここの大福が気に入っているの。だから数年前、ビルごと買い取ったのよ。オーナーになると特別に、お店の新商品の試食会に参加できるのよ?!」

 カグヤは鼻を高くして、まるでこの世のすべての幸運を独り占めしたかのような、勝ち誇った顔で言った。

 和菓子の試食会のためにビルを買う。この女の執着心と財力は、時々、底が知れなくて怖くなる。


「ここだったのか……ここ、本当に入っていいのか?」

「セキュリティーは万全よ?さっきのゴミ共が起こした状況は、もう起こらないわよ。」


「でも⋯⋯家賃払えないぞ⋯⋯」

「家賃は前のアパートと一緒でいいわよ?」

「いやそれは駄目だよ。そういうのはキッチリしないと」


「いい、勘違いしないで。これは慈善事業じゃないわ」


 案内された地下スペースは、広大なガレージになっていた。最新の魔導整備機材が並び、その奥には1階の瑞月の荷受け場へと繋がる搬入用リフトが設置されている。


「瑞月の店主から相談されていたのよ。ダンジョン産の小豆が発見されて、素材の鮮度を維持するために、信頼できる専属の運び屋を建物内に常駐させたいってね。……瑞月が最高の新商品を作るためには、最高の素材が必要。そしてそれを運べるのは、あなただけよ」


 カグヤは事務的な契約書を俺に突きつけた。


「今後、瑞月が仕入れる迷宮産の希少素材……特に鮮度が命の深層小豆の定期搬入は、すべてあなたが担当すること。このガレージはそのための物流拠点よ。家賃が前のアパートと同じなのは、あなたがここを拠点にすることで、私の試食会……じゃなくて、瑞月の商品開発が円滑に進むことへの投資よ。文句あるかしら?」


「……つまり、俺は家賃を割り引かれる代わりに、瑞月の深層小豆を運ぶってことか」

「これは、三者にとって幸福な選択、そうでしょう?」

 カグヤはフンと鼻を鳴らした。まぁ、家に帰るついでに小豆を届ければ良いだけだしな。損のない取引だと思う。


「……わかった。その条件で受けよう。この設備は俺にとっても魅力的だ」

「決まりね。……さあ、荷解きしなさい。明日の朝一番で、深層の小豆を獲りに行ってもらうんだから。」


 カグヤは満足げに、軽やかな足取りで地上へのエレベーターへ向かっていった。一人残された広大なガレージ。最新の魔導工具の匂いと、静謐な空気が心地いい。


 俺は、ガレージの真ん中に置いた相棒……使い古された自転車のフレームをそっと撫でた。

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