2:S級美少女、お持ち帰りします

「⋯⋯あの、あなたは?」モグモグ

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭いながらも、コロッケを食べるのをやめられない、カグヤが尋ねてくる。

 周囲では、コロッケの匂いに興奮したミノタウロスたちが、今にも襲いかかろうと唸り声を上げていた。


「あ、申し遅れました。『ダンジョン・イーツ』配達員の天野レンです」

「ダンジョン⋯⋯イーツ?」


 カグヤが首を傾げる。無理もない。今さっき俺が勝手に作った屋号だ。


 俺は素早く周囲を確認する。魔物たちはコロッケの匂いに釣られているが、じきに痺れを切らして襲ってくるだろう。


「カグヤさん、お食事中申し訳ないんですが、ここから移動しましょう。まだ動けませんか?」

「⋯⋯ごめん。魔力が、空っぽで⋯⋯足に力が入らない」

「なるほど。自力歩行困難⋯と」


「では、追加オプションで『依頼人搬送サービス』をご利用になりますか? 地上まで安全にお届けします」


「え? わ、私を運ぶの? ここから?」

「はい。俺のスキルは、手に持った荷物、もしくは『背負った対象』も配送物に含めることができます。⋯⋯少々手荒になりますが、よろしいですか?」


 カグヤは一瞬戸惑ったが、迫りくるミノタウロスの巨体を見て、コクンと頷いた。

「お、お任せします⋯⋯」

「承知しました。では、失礼して」


 俺は、カグヤの片腕を俺の首に回してもらい、抱きかかえる。つまりはお姫様抱っこだ。

 S級とはいえ、やはり女の子、驚くほど軽い。彼女の柔らかさと温かさに少しドキッとするが、今は仕事中だ。邪念を振り払う。


「お、王子様⋯⋯?」

「っん?なんて?」

「な、何でもないわよっ!」


『おいおいおいおい!』

『氷姫をお姫様抱っこ!? 羨ましすぎる!』

『そこ代われえええええ!』

『なんかフラグたってね?!』

『いや状況見ろよ、ミノタウロスに囲まれてるんだぞ!?』

『お姫様抱っこしながら、この包囲網を抜けるとか無理ゲーだろ』


 コメント欄の懸念はもっともだ。一人ならまだしも、衰弱した抱き抱えての回避行動は難易度が跳ね上がる。

 だが、俺には勝算があった。


「カグヤさん、しっかり捕まっていてください。舌を噛まないように」

「ひゃい!」


「スキル再発動――目的地変更、地上ゲート前! 配送物:S級探索者カグヤ! 【絶対配送・緊急搬送モード】!」


 再び、視界が青く染まる。

 ミノタウロスたちが一斉に棍棒を振り上げた。四方八方からの同時攻撃。逃げ場はない――ように見えるだけだ。


「おっと、危ない」

 俺はカグヤを抱きかかえたまま、右へ左へと最小限の動きで棍棒を躱していく。まるでダンスでも踊るように。その度にカグヤが抱きついてくる為、密着度があがる⋯⋯約得だな。


 スキル補正がかかった俺の目には、奴らの動きがスローモーションに見える。


「す、すごい⋯⋯攻撃が、全部見えてるの?」


「はい、見えてはいますが、体が勝手に『最適解』を選んで動くんです。カーナビみたいなもんですよ」

 俺は魔物の腕を駆け上がり、その肩を踏み台にして高く跳躍した。


「いっけぇぇぇぇぇ!デリバリー・ランサー!」


 空中で待機させていたデリバリー・ランサーと言う名のママチャリに飛び乗り、着地と同時にペダルを全力で踏み込む。デリバリーバッグを背負っていたので、カグヤを抱っこしたが⋯正直運転しにくいな⋯⋯。


「ちょ、ちょっと速すぎっ⋯⋯きゃああああああ!」

 カグヤの悲鳴がダンジョンの通路に響き渡る。


 俺たちは音速の弾丸となって、70階層からの帰路を爆走し始めた。


◆◆◆


 その頃、地上のダンジョン管理協会前は、お祭り騒ぎになっていた。

 カグヤの配信を見ていた野次馬、マスコミ、そして遅すぎる救援部隊がごった返している。


「おい、配信見たかよ! あの謎の配達員、カグヤ様をお姫様抱っこして、こっちに向かってるって!」

「70階層からだぞ? 戻ってくるのに何時間かかるんだ?」

「いや、あの速度だと⋯⋯もう着くんじゃないか?」


 その時だった。

 ダンジョンのゲートがまばゆい光を放ち、突風と共に「何か」が飛び出してきた。


 キキキキキィィィィ!!


 凄まじいブレーキ音と共に、協会の入り口前に砂煙が舞い上がる。

 煙が晴れると、そこにはボロボロのママチャリにまたがった、息も絶え絶えの男と――両手で俺にしがみつき、目を回している銀髪の美少女の姿があった。


「ご、到着⋯⋯です。お疲れ様でした⋯⋯」


 レンが力尽きたように呟く。

 一瞬の静寂の後、広場を揺るがすような大歓声が巻き起こった。

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