ダンジョン・イーツ! ~戦闘力ゼロの俺、スキル【絶対配送】でS級冒険者に「揚げたてコロッケ」を届けたら、世界中の英雄から崇拝されはじめた件~

たくみさん

ダンジョン・イーツ開業 編

1:戦場に、お届け物です。

「悪いなレン。お前、速いだけで攻撃力ゼロだから」

 ダンジョン管理協会のきらびやかなロビー。


 俺、天野アマノ レンは、3年間尽くしてきたパーティ『雷刃』のリーダー、ガイルからクビを宣告されていた。


荷物持ちポーターとしては優秀だけどさぁ、ボス部屋で逃げ回るだけじゃん? 映えないんだよ、配信的にさ。視聴者も『あの荷物持ち邪魔じゃね?』って言ってるし」


 ガイルはスマホの配信画面を見せつけてくる。そこには心無いコメントが並んでいた。


「……俺がタゲを取って走り回ってる間に、お前らが安全に攻撃してたんじゃないか。あの動きがどれだけ大変か――」


「あーハイハイ、そういう言い訳がいらないっての。とにかく、今日で終わりな。退職金代わりの1万円、これで元気でやれよ」


 ヒラヒラと投げ渡された、一万円札。

 俺の3年間は、たったこれだけか。


 ガイルはニヤニヤと笑いながら、華やかな女性探索者と肩を組んで去っていった。


「……くそっ」

 残されたのは俺と、使い古したボロボロのバックパックだけ。

 俺のスキルは【高速移動】…だけだと思っていた。

 だが、ただ速いだけじゃない。「目的地」と「受取人」さえ明確なら、どんな障害物もすり抜けて最短ルートを走ることができる特異体質だ。

 これのおかげでどんな重い荷物も運べたが、確かに魔物を倒す力はない。ダンジョンで魔物を倒せない探索者は、ゴミ扱いされるのが今の常識だ。


「……はぁ。牛丼でも食って帰るか」

 やけ食いでもしないとやってられない。

 俺はスマホを取り出し、いつもの癖でダンジョン配信アプリ『D-Tube』を開いた。

 トップページには、今をときめくS級探索者、『氷姫』カグヤの緊急配信が赤字で表示されていた。


【緊急】深層70階層で孤立した。助けて【ボス部屋前】


「え……?」

 タップすると、視聴者数は驚異の50万人を超えていた。

 画面の中では、銀髪の絶世の美少女――日本最強の剣士と呼ばれるカグヤが、薄い氷の結界の中で青ざめた顔をして座り込んでいた。


 彼女の周囲には、通常の三倍はある巨大なミノタウロス変異種が十体以上、涎を垂らして結界が割れるのを待っている。


『嘘だろカグヤたん』

『補給部隊が全滅したってマ?』

『ポーションも食料もないとか詰んでる』

『救援隊の到着まであと5時間はかかるぞ』

『70階層とか誰も行けねえよ……S級パーティでも準備に三日はかかる場所だぞ』


 絶望的な状況。彼女の美しい顔には疲労の色が濃く、唇は乾燥してひび割れている。


 そして、高性能マイクが彼女の小さな、しかし切実な呟きを拾った。


「……お腹、すいた……」


 極限状態での本音。日本最強の英雄が、最後に漏らした言葉がそれだった。


『泣いた』

『誰か何か食わせてやれよクソォォォ!』

『無理に決まってんだろ!』


 それを見た瞬間、俺の中で何かがカチリと鳴った。

 さっきまで自分が惨めで仕方なかったのに、画面の向こうの彼女を見たら、居ても立っても居られなくなった。

 ――70階層? 救援まで5時間?

 俺なら。俺の足なら、行けるんじゃないか?

 俺のスキルは、自分以外の「誰か」のために使う時、真価を発揮する。

 俺は震える指で、猛スピードで流れるコメント欄に書き込んだ。


『レン:今から差し入れに行きます。何が食べたいですか?』

 一瞬で流れるコメントの滝。


『は?』

『釣り乙』

『70階層だぞ、行けるわけねえだろバカか』

『売名うざ』

『荒らしかよ』


 だが、画面の中のカグヤは、奇跡的にそのコメントを目で追ったようだった。

 虚ろな瞳が、少しだけ焦点を結ぶ。


「……コロッケ。……お肉屋さんの、揚げたての熱いコロッケとおにぎりが食べたい。あと、温かいお茶……」


 S級探索者の最後の晩餐が、商店街のコロッケ。

 そのあまりにささやかな、人間らしい願いを聞いた瞬間、俺の体が勝手に動いていた。

 俺はロビーを飛び出し、近くの商店街へダッシュする。


 馴染みの精肉店で、揚げたての最高級メンチカツとコロッケを買う。コンビニでおにぎり二つと温かいお茶、最高ランクのハイポーションも購入。


 全てを保温機能付きのデリバリーバッグに詰め込み、俺はダンジョンのゲートに立った。


「スキル発動――【絶対配送デリバリー・ロード】!!」


 カッ! と視界が青く染まる。世界が座標のグリッドに変換される。


 目的地:深層70階層ボス部屋前、カグヤの元。

 障害物判定:すべて無効化。

 最短ルート構築:完了。


 ドンッ! と地面を蹴った瞬間、俺の体は音速を超えた。

 

◆◆◆


「……もう、だめかも」

 カグヤは薄れゆく意識の中で、氷の壁がミシミシと音を立ててヒビ割れていく音を聞いていた。


 魔力の枯渇…ガス欠状態。極限の空腹。そして深層特有の冷気。

 日本最強の剣士と呼ばれ、ちやほやされてきた自分も、こんな暗くて臭い場所で終わるのか。


 せめて最後にお腹いっぱい食べたかったな。お母さんの作ったご飯が食べたい。


『カグヤちゃん起きて!寝たら死ぬぞ!』

『救援はまだかよクソッ!協会何してんだ!』

『……おい、なんかカメラの端に映ってないか?』

『は? 何あれ。青い光?』


 コメント欄がざわつく。


 カグヤが重い瞼を持ち上げると、ミノタウロスの群れがひしめく通路の奥から――とんでもない速度で接近する「何か」が見えた。それは、ママチャリに乗った男だった。


「え?」


 男は、ミノタウロスが振り下ろした巨大な棍棒を、残像を残して紙一重でかわした。

 壁を垂直に走り、天井を駆け抜け、トラップの床を無視して直進してくる。


 咆哮する魔物の群れの中を、「すみません、通ります!」「あ、ちょっと右曲がりますねー」と叫びながら、まるで混雑したスクランブル交差点を抜けるように、結界ごとすり抜けてきた。


「は、ぁ……はぁ……お、お待たせしました!ダンジョン・イーツです。 ご注文の品をお届けにあがりました!」


 男――レンは、呆然とするカグヤの前に、銀色の保温バッグを丁寧に置いた。

 バッグを開けると、湯気と共に、暴力的なまでに香ばしい匂いが周囲に広がった。


「ご注文の、特製メンチカツとコロッケ。それとおにぎり、温かいお茶、サービスのポーションです」


 世界中が見守る配信画面のど真ん中。

 血と暴力が支配する地獄のような深層70階層で、レンは汗だくになりながらも、爽やかな営業スマイルで言った。


「代金は、商品代2500円で、深層特別配送手数料が…決めてなかったな…、まぁ、初配達記念割引という事で22,500円です、お支払いは後で結構ですので!」


 時が止まったような静寂の後。

 50万人のコメント欄が、大爆発を起こした、最早目で追うことは不可能だろう

『ファーーーーーーーーwwwwwwww』

『マジで来やがった!!嘘だろ!?』

『ここ70階層だぞ!?どうやって来たんだよ!!』

『ミノタウロスの群れをママチャリで突破したぞコイツwww』

『UberじゃなくてDungeon Eatsかよ!』

『2万2千円とか安すぎるだろww』

『スパチャ投げさせろ!』


 カグヤは震える手で、差し出された熱々のコロッケを受け取る。

 一口かじると、サクッという小気味よい音が響き、甘いジャガイモと肉汁の旨味が口いっぱいに広がった。


「……おい、しい……すごく、おいしい……」


 彼女の宝石のような瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。

 生きている。温かい。美味しい。

 

 それを見て、俺は心の底から安堵した。ああ、間に合った。俺のスキルは、魔物を殺すためじゃない。誰かに「日常」を届けるためにあったんだな。


 これが、後に世界最強の探索者たちから「神」と崇められることになる、世界最速の運び屋「レン」の伝説の始まりだった。

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