3:バズったので本格開業します

翌日。

 俺、天野アマノ レンの名前は、ネットニュースとSNSのトレンドを独占していた。


『謎の配達員、S級氷姫を救出!』

『ダンジョン・イーツとは? 深層70階層への奇跡のデリバリー』

『使用スキルは【絶対配送】? 専門家も「前代未聞」と驚愕』

『あのママチャリはどこで買えるのか? 特定班が動く』


 俺のアパートの安っぽいテレビが、昨日の配信の切り抜き動画を繰り返し流している。

 コロッケを渡すシーン、カグヤをおんぶしてミノタウロスを回避するシーン。再生回数は一晩で数百万回を超えていた。


「……マジかよ」


 俺は自分のスマホを見て愕然としていた。


 昨日の騒動の後、カグヤに言われるがままに作った俺の『D-Tube』チャンネル。

 動画はまだ一本も投稿していないのに、チャンネル登録者数が既に30万人を超えている。


 そして、DM(ダイレクトメッセージ)の通知が鳴り止まない。


【依頼】深層50階層で武器が壊れました。予備の剣を届けてください。報酬10万円

【依頼】A級パーティ『炎帝』です。ボス戦中にスタミナポーションが切れそうです。至急10本頼む。言い値で払う

【取材依頼】週刊ダンジョンです。独占インタビューをお願いできませんか?

【企業案件】弊社の強化スーツを着て配達してみませんか?


 目が回るような依頼の山。

 昨日までクビになった底辺探索者だった俺が、一夜にして「時の人」になっていた。


「……これが、バズるってやつか」

 俺はゴクリと唾を飲み込む。

 これなら、いけるかもしれない。


 魔物を倒せなくても、誰かの役に立って、お金を稼いで、生きていけるかもしれない。

 俺はパソコンに向かい、ダンジョン・イーツの「開業届」を作成した。


【屋号】ダンジョン・イーツ(Dungeon Eats)

【代表】天野 蓮

【業務内容】ダンジョン内における食料、ポーション、装備品等の緊急配送、及び要救助者の搬送。

【営業時間】24時間対応(寝てる時以外)

【料金】階層別基本料金+危険手当+商品実費(初回割引あり)


「よし、やるか!」

 俺が新たな一歩を踏み出そうとした、その時。

 ピンポーン、とアパートのチャイムが鳴った。


 こんな朝早くに誰だ? 新聞の勧誘か?

 ドアを開けると、そこには信じられない人物が立っていた。

 目深にかぶった帽子とマスク、サングラスで変装しているが、その隙間から見える銀色の髪と、隠しきれないオーラは間違いない。


「……カグヤさん?」

「あ、えっと……お、おはよう」


 昨日の『氷姫』カグヤだ。

 彼女はモジモジしながら、大きな紙袋を俺に差し出した。


「昨日は、ありがとう。これ、お礼と、昨日の代金です」

 袋の中には、高級そうな菓子折りと、分厚い封筒が入っていた。封筒の中身は確認しなくても分かる。帯付きの札束だ。2万2千円どころじゃない。


「いや、こんなに貰えませんよ! 請求額だけで十分です」

「い、いいえ! 私の命の値段よ?これでも足りないくらいよね?」

 カグヤは真っ赤な顔で首を振る。昨日の配信での凛とした姿とは違う、年相応の少女の顔だ。

 そして彼女は、意を決したように俺の目を見て言った。


「それと、もう一つ、お願いがあります。」

「お願い?」

「そう。……あなた、私の『専属配送員(パートナー)』になりなさい。」

 ――はい?


◆◆◆


一方その頃。

 ダンジョン管理協会の酒場では、『雷刃ライジン』のリーダー、ガイルがジョッキを床に叩きつけていた。

「クソッ! なんであいつが! なんでレンのやつがバズってんだよ!」


 酒場の大型モニターには、レンの活躍を伝えるニュースが流れている。

 周囲の探索者たちも、「あの運び屋すげえな」「雷刃って見る目ねえよな、あんな逸材を追放するとか」と噂しているのが聞こえてくる。


「おいガイル、どうすんだよ。俺たちのチャンネル、登録者減りまくってるぞ」

「うるせえ! たまたまだ! あんなの、ただのまぐれに決まってる!」

 ガイルは血走った目で画面の中のレンを睨みつけた。


「調子に乗るなよ、ゴミ運び屋が……。お前の化けの皮、俺が剥がしてやる」

 レンの知らぬところで、嫉妬と悪意の炎が燃え上がろうとしていた。

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