第6話 母性、大氾濫

 貝殻を、ほんの少しだけ開いてみる。

 すると、灰みを帯びたぼんやりとした外界の景色が視界に映し出された。


 僕は『虹色真珠』の発光スキルを起動し、光量を『微弱』モードに設定して貝殻内部を照らす。

 すると、貝殻の内側の様子も同時に見えてきた。

 不思議なことに、外と中、二つの異なる映像を同時に認識しているのに、脳内は全く混乱していない。


 再び貝殻を完全に密閉すると、灰色の外界の景色はフッと消え失せた。


 気になったのは、貝殻を薄く開いた時、ふちからにゅっと伸びてくる膜状の器官だ。

 もしかして、外が見えているのはコイツのおかげだろうか?


 僕は身を乗り出して、普段は殻の内側に収納されているその『膜』を観察してみた。

 ……驚いた。

 膜の縁には、群青色を基調とした無数の『小さな眼球』が並んでいたのだ!


 眼球だらけというと気味が悪いが、クトゥルフ神話に出てくるようなSAN値直葬の冒涜的生物とは違う。

 僕の小眼球たちは、ギョロギョロ動いたり瞬きしたりはしないようだ。視覚機能を度外視して見れば、まるでドレスの裾にあしらわれた宝石のようで、実に芸術的じゃないか。


 一瞬、『この眼球を摘み取れば真珠装備品になるのでは?』というサイコな発想がよぎったが、想像しただけで激痛が走ったので即却下だ。

 数は多いが、再生するか分からない以上、永久的な欠損になりかねない。

 不具ふぐホタテになるのは御免やで!


 しかし、やはり外界の視覚情報はこれらが提供しているようだ。

 もう一度、貝殻をわずかに開く。膜がスゥッと自動的に外へ伸びる。

 外は岩とカニさんのお腹の間の薄暗い隙間だというのに、この無数の瞳はしっかりと景色を捉えている。

 つまりこれは――暗視スコープナイトビジョン機能!


 色覚はなく解像度も低いが、この方法なら貝殻をほぼ閉じたまま――高い防御力を維持しつつ、外界の敵を索敵クリアリングできる。

 しかも貝殻を高速で開閉しても、膜は瞬時に引っ込むため、決して挟まることがない。


「人間ですらたまに舌を噛むというのに、ホタテのこの身体構造、人間より高尚ハイテクじゃありませんこと?」


 生命の神秘に感心しつつ、僕は貝殻を大きく開け放った。

 すると、膜による暗視映像と、僕の上半身にある目の映像が自然に融合する。


「おはようございます、ボコちゃ……ん?」


 ボコちゃんに朝の挨拶をしようとして――違和感に気づいた。


 確かに、僕の隣には殻を閉じたホタテがいる。

 だが、あからさまにサイズがおかしい。

 出会った時のボコちゃんは、僕よりひと回り大きかったはずだ。


 だというのに、今そこにいるホタテときたら、僕が抱きしめればすっぽり収まってしまいそうなほど小さい。愛玩動物ペットサイズだ。


 しかし、その特徴的な殻の色には見覚えがある。

 大部分は灰黒色だが、一部だけ七色に輝く白い補修跡――。

 間違いなく、昨日僕が『虹色コンクリ』で殻を直してあげたボコちゃんだ。


 まさか、ボコちゃんが縮んだ!?


 僕の知識に、生物が突然縮むなんて事例は存在しないぞ?

 もしかして、何か未知の病気にかかったのでは?


 アカン、これ一大事や!


 僕は慌ててボコちゃんの殻を両手で捧げ、虹色真珠の輝度を「通常」モードに上げながら、さまざまな角度から観察する。


 ぴっと、殻がゆっくり開いた。


 中から現れたのは……上半身だけの小さな赤ちゃんだった。


「え……?」


 ボコちゃんが……人間の赤ちゃんになった!?


 赤ちゃんは泣かず、静かに大きな眼で僕を見つめ、満面の笑顔を見せてきた。同時に、心の中に「喜び」の気持ちが伝わってきた。


「……可愛い……!」


 思わず手を伸ばし、柔らかな頬に触れた瞬間——ステータス画面がチラリと浮かんだ。


【種族:ホタテ(騎士種New!)/幼年期Down↓】


【アクティブスキル】

 『コンキオリン分泌混沌』『生体鉱物化バイオミネラリゼーション


【パッシブスキル】

 『毒耐性』


【称号】

 『九死に一生』 (効果:自動回復 Lv.1)

 『姫君の騎士』 (貢ぎし者に騎士道を選びし者 効果:成長方向の再構築・補正)

 『姫君の従者』 (効果:成長加速)


 え、これってボコちゃんのステータス?

 僕のと似てるけど、結構違うぞ。


 僕の種族は『ホタテ(姫種)/幼年期』。対してボコちゃんは『騎士』――。

 姫と騎士。……何その響き、めちゃくちゃ萌えるじゃないか!


『姫様、生涯あなたにお仕えします』

『頼りにしておりますわよ、わたくしの騎士ボコ!』


 きゃーっ!! やっぱりこういう王道展開は最高だね!

 今のボコちゃんは人間の赤ちゃんそのものだ。髪はまだ産毛みたいに薄いけど、大半は元の殻と同じ灰黒色で、一部だけ僕があげた真珠色のメッシュが入っている。


 成長したらどうなるんだろう。眼帯をしたクールな独眼竜イケメンになったら素敵すぎる!

 あえての熱血青年ルートも悪くない!


 あ、でも性別が分からないから、女の子の可能性もワンチャンあるぞ!

 女騎士ボコちゃん……それもまた良し!


 精神的成人の僕が、責任を持って立派に育ててあげるからね~!

 ……って、なんでステータス上はウチらが『幼年期』なん!?


 僕と違って装備枠はないみたいだけど、称号を三つも持ってるなんて凄すぎる。

 『九死に一生』は、たぶん僕と出会う前のことだろう。あの時、僕が見つけなかったら危なかったもんね。


 そして『姫君の騎士』と『姫君の従者』。

 説明文を見る限り、この称号の効果で成長方向が変わって、身体が小さくなっちゃったみたいだ。

 種族名の『New!』とか年齢の『Down↓』も、きっとこいつのせいだね。


 凄いよボコちゃん、まさかの若返り成功だなんて。古の皇帝たちが求めてやまなかった不老不死の秘術だよこれ。


 しかも称号にある『姫』って、どう考えても僕のことだよね?

 僕への忠誠心MAXってことじゃん。

 いいのかいボコちゃん? 僕についてきたら、もう修羅の道……じゃなくて、後戻りはできないよ~!


 はぁ、どうしよう。

 今の愛くるしい外見といい、健気な称号といい、見れば見るほど愛おしさが込み上げてくる!


 この感情になんと名付けよう?

 そう、母性だ!

 今のわたくし、母性が大氾濫起こしとるわ~!


 僕はボコちゃんの貝殻を高く掲げて「たかいたかい」をしたかと思えば、今度はギュッと抱き寄せて頬ずりをする。

 まさに目に入れても痛くない溺愛っぷり! 掌中のパールのように、大切に大切に愛でまわす。


 よしよしよし~、僕の可愛いベビちゃん、お腹空いたでちゅか~? それともねんねかな~?

 今ママがオムツを替えて……ああっ! 下半身がないからオムツ替えられないじゃん! 不甲斐ないママを許して!


 でも、ボコちゃんは普通の赤ちゃんと違って、全く泣かない。

 まあ、人間が産声うぶごえを上げるのは、肺呼吸を始めるために空気を吸い込むからだっていうし。


 ここは海の中やし、そもそも貝類に肺があるんかも謎や!


 呼吸は必要ないとして、生き物なら栄養補給は必須だ。

 うん、何か食べさせなきゃ!


 でも、ホタテの赤ちゃんって何食べるんだ?

 見た目が人間哺乳類っぽいなら、やっぱり母乳?


 もちろん授乳経験なんてない。

 胸の位置にそれっぽい膨らみはあるけど、ここから出るのか……?

 自信はない。自信はないけど、今は試してみるしかない。


 僕は身を乗り出し、ボコちゃんの小さな口を、自分の胸へと近づけた。

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2026年1月12日 08:00
2026年1月12日 12:00
2026年1月13日 12:00

『聖女ホタテ』にTS転生したので、優雅に海を旅しますわ ~お魚さんたちに辻ヒールして回る旅のつもりでしたのに、助けた魔物たちが勝手に『親衛隊』を結成してしまいましたわ~ 摂理あまね @z846587495

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