第5話 海ぶどうも真珠判定!?

 カニさんの生還を喜び、安堵に包まれていたのも束の間――異変は唐突に訪れました。


 それまで明麗めいれいだった海中の景色が、急速に色調を変え始めます。

 漂ってくるのは、鼻を覆い、貝殻を閉ざしたくなるようなドス黒く生臭い瘴気。

 頭上から降り注いでいた陽光さえも、何者かによって遮られ、薄暗く淀んでいきました。


 僕は不安に駆られ、空を見上げ――絶句しました。


 そこにいたのは、遥か頭上を覆い尽くすほど巨大な、五芒星ペンタグラムのシルエット。

 ソレはゆっくりと、しかし確実に回転しながら、日差しをむシバむようにこちらへ移動してきています。


 オーマイガッ……デカラビアやんけ……


 近づく五芒星の底面中央、そこにある巨大な『眼球』が露わになります。

 ギョロリと動く瞳から放たれる光は、まるで哨戒ヘリのサーチライト。その禍々しい姿は、まさしくソロモン72柱の魔神『デカラビア』そのものです。


 ですが、知識としては知っています。あれは巨大なヒトデです。

 ホタテである僕らにとって、捕食者そのものである天敵です!


 しかも、脅威は空だけではありません。

 少し高い岩場にいる僕の位置からは、奴が流れてきた方向の海底が見渡せます。そこには――おびただしい数の小型ヒトデが、軍隊のように行軍していました。


 白い砂を巻き上げ、進撃するヒトデの群れ。

 その潮流に巻き上げられているのは、無数の貝殻。

 その多くは砕かれ、中身を食い荒らされた残骸。比較的綺麗な殻であっても、僕やボコちゃんのような生気は感じられません。ただの抜け殻です。


 ――ヤバい。

 本能が、警鐘を乱打しています。

 今すぐに逃げなければ、確実に食われる!


 せやけど、どないすりゃええねん!?

 空を往く巨大ヒトデデカラビアは、見た目こそ緩やかですが、その実際の遊泳速度は僕の全速力フルスロットルより遥かに速い。

 海底の小型個体にしてもそうです。あいつら、腕を丸めて車輪のように回転しながら突っ込んで来よる!


 あんなん、逃げ切れるわけあれへん!


 恐怖で思考が凍りつき、立ち尽くしたその時です。

 唐突に視界が遮られ、周囲が真っ暗闇に包まれました。

 暗闇の中で、僕が非常食として殻に溜め込んでいた緑のぶどうだけが、かすかな蛍光を放っています。


 ……な、なんや? 何が起きたんや?


 パニックになりかけた僕に、上方向から力強い『庇護』の意思が伝わってきました。

 目を凝らしてよく見れば……この天井、さっき僕がホタテちゃんドロップキックで蘇生させた、カニさんの腹部おなかじゃありませんか?

 緑の淡い光が、隣にいるボコちゃんの姿も照らし出します。どうやらボコちゃんも一緒に、この空間にかくまわれたようです。


 状況を理解しました。

 あの大群が押し寄せてくるのを察知して、カニさんは我が身をシールドにし、僕とボコちゃんをそのお腹の下に隠してくれたのです……!


 なんて……なんてオトコ前な行動!

 全僕が泣いたっ!


「大丈夫ですわ! カニさんがきっと守ってくださいます!」


 僕は怯えるボコちゃんにそう声をかけ、励まします。

 隣にいるボコちゃんは貝殻を半開きにして、カタカタと微震ふるえていました。やはり、天敵であるヒトデの気配が恐ろしいのでしょう。


 少しでも明かりがあれば、この恐怖も和らぐかもしれません。

 そう思った僕は、手元にあった緑のぶどうを一粒、ボコちゃんの殻の中へと押し込んであげました。これで少しはナイトライト代わりになるはずです。


 さて、外のヒトデ軍団がいつ去るのかは分かりません。

 このまま震えて待っていても精神衛生上よろしくないので、暇つぶしがてら現状分析を行うことにしました。


 僕は貝殻の内側にある真珠層をペタリと触れ、ステータス画面ウィンドウを呼び出します。ここらで一度、自分の能力をしっかりと検証しておきましょう。


【種族:ホタテ(姫種)/幼年期】


【装備スロット】

 真珠:

 ▼灰黒 Lv.1

  └ 効果:知性共有・微


 ▼海ぶどう Lv.1

  └ 効果:発光


【アクティブスキル】

 『コンキオリン分泌ヒール』『生体鉱物化バイオミネラリゼーション


【パッシブスキル】

 『お嬢様マナー』『毒耐性』


 ……ん?

 ステータスを見て、僕は思わず首を傾げました。不可解な点があります。


 ボコちゃんから頂いた『灰黒真珠』が装備品として認識されているのは分かります。あれは友情の証であり、特別なアイテムですから。

 ですが、なぜその辺で拾い食いするためにストックしていた『海ぶどう』までもが、装備スロットに表示されているのでしょうか?


 しかも、しっかりと『効果:発光』なんて付与されています。ただのおやつだと思っていたのに、いつの間にか照明器具扱いとは。


 ここから導き出される仮説は一つ。

 ――もしかして、『球体』であれば何でも装備可能になるのでしょうか?

 さらに言えば、僕の『貝殻の中』に収納した時点で、それは自動的に装備される判定になる?


 だとしたら、応用が効きそうです。

 例えば……僕自身の分泌液コンキオリンを丸めて『自家製パール』を作った場合、それも装備品になるのでしょうか?


 ――オホホホ、製造過程などという些末なものは省略し、手っ取り早く『結果』だけを享受いたしますわ!

 というわけで、ドン!


【装備スロット】

 真珠:

 ▼虹

  └ 効果:他真珠の吸収・統合


 ▼灰黒 Lv.1

  └ 効果:知性共有・微


 ▼海ぶどう Lv.1

  └ 効果:発光


 ……ヤバい。

 僕、何かとんでもないものを錬成してしまったようです!


 まさかの『合成システム』実装です!


 この『虹色真珠』に、他の真珠を吸収させるにはどうすれば……?

 僕は試しに、生成した虹色真珠を転がし、海ぶどうへ接触させてみます。

 すると――ジュワッ。

 海ぶどうは瞬時に虹色真珠の中へと吸い込まれ、消失しました!


 直後、虹色真珠が七色に輝き始めます。

 うっ、眩しい! 自己主張が激しすぎます!

 僕は慌てて念じました。「もっと目に優しい、白熱灯のような光で!」と。

 すると真珠は僕の意思に応え、落ち着いた白い灯りへと安定しました。


 改めてステータスを確認すると、真珠効果の下に、新たな項目【装備スキル】が追加されています。


【装備スキル】 『発光 Lv.1』


 なるほど……。ならば、さらに多くの海ぶどうを吸収させれば、スキルレベルも上がるのでは?

 僕は虹色真珠にもう一粒、海ぶどうを食べさせてみます。しかし、レベルに変化はありません。

 二粒目を投入。……ここで表示が『発光 Lv.2』へ変化!


 貝殻の中に残っていた海ぶどうはあと四粒。

 僕はそれらを全弾投入します。三粒、四粒……と吸い込ませたところで、表示が『発光 Lv.Max』へと変わりました。

 どうやら、レベルアップに必要な素材数は、1個、2個、4個……と指数関数的に増えていく仕様のようです。


 結果として、虹色真珠は『微弱』・『通常』・『閃光』の三段階調光機能を獲得!

 とりあえず、普段使いは『通常(レベル2相当)』の光量に設定しておきましょう。


 さて、残る『灰黒真珠』ですが……。

 これはボコちゃんから頂いた、かけがえのない友情の証。

 間違っても虹色真珠に吸収させるわけにはいきません!

 僕は二つの真珠が絶対に接触しないよう、貝殻の内側にある窪みを利用して、しっかりと別々に固定しました。

 よし、これで完璧です!


 ふあぁ……。

 あくびが漏れます。


 今日は本当に、色々なことがありました。

 ボコちゃんとカニさんの治療、そしてデカラビア軍団の襲来。さすがに精神的にも肉体的にも限界です。

 外のヒトデたちがいつ去るのかは分かりませんが、今はカニさんの鉄壁の防御を信じて、休むことにしましょう。


 僕は虹色真珠の光を消灯オフにします。

 そして隣で震えているボコちゃんに、優しく声をかけました。


「おやすみなさい、ボコちゃん」


 パタン、と静かに殻を閉じる。

 僕は滑らかで心地よい真珠層のベッドに身を預け、深い眠りへと落ちていきました。

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