第4話 ホタテちゃんドロップキック
先生! 一号室一ベッドのカニさん、呼吸抑制が見られます!
なんだと!? クソッ、急変か! すぐに救急カートを回せ! 私が行くまで持ちこたえさせるんだ!
眼前のカニさんの顔色は最悪だ。どす黒い青色……これは一刻を争う危険な状態ですわ!
ですが、どうしましょう。
カニさんは極度の低酸素脳症により錯乱状態に陥り、意味不明な奇声を上げながら、あの凶悪なハサミを振り回しております!
あれに触れれば、良くて切断、悪くて即死。医療従事者の安全が確保できません!
……ええ、分かっておりますとも。
こういう時は『
幸い、手元にはうってつけの道具があります。
わたくしの分泌する『虹色コンクリ』。これをロープ代わりに使いましょう。
カニさんの周囲をグルグルと高速で旋回しながらコンクリを射出すれば、瞬く間に
しかし、ここでさらなる問題が浮上しました。
わたくしのホタテ遊泳スキル……悲しいことに、まだ熟練度が足りませんの。暴れ狂う巨大ガニの周囲で精密なドッグファイトを演じるなど、今のわたくしには到底不可能ですわ。
どうすれば……と悩みかけたその時、横にいるボコちゃんから『恐怖』がビシビシ伝わってきたのです。
「そうですわ!」
ここに競泳のプロフェッショナルがいました!
ボコちゃんなら、あの駿足を活かして、理想的な機動ができるはず!
要はボコちゃんを牽引車にして、
名案と決まれば即実行。
わたくしはオホホと優雅に『虹色コンクリ』を吐き出し、強靭なリング状に成形。輪っかの両端を、自分の腰へガッチリと結びつけます。
「さあボコちゃん、この輪っかをしっかり咥えてくださる? ハーネスの装着完了ですわ!」
イメージはそう、子供たちがよく遊んだ電車ごっこ。
いいえ、もっと夢のあるアレにしましょう。
雪夜の空を駆け巡り、世界中に愛とプレゼントを届けるクリスマスの英雄!
そう、今のわたくしはサンタホタテ!
「カニさん、どうかご安心を! 今すぐ貴方へ『健康』という名のプレゼントをお届けに上がりますわ!」
手綱は握った。準備は万端!
「駆けなさい、赤鼻のトナカイボコちゃん!
「違いますわボコちゃん、そっちは明後日の方向です! 目標はカニさんのお隣!」
「そうそう、ナイス機動! そこで
……きゃあっ! 危ないっ!
カニさんのハサミが鼻先を掠めました。ですが問題ありません、素晴らしい動きです。
今のわたくしたち、まるで新体操の選手みたい! カニさんの巨体に、虹色のリボンが舞い踊ります!
「そのまま
「巻き
キュウゥゥゥウ……ッ!
コンクリの輪が収束し、カニさんを捕縛する。
「おおっ、大成功です!」
そこには、コンクリのおくるみに包まれた赤子のようなカニさんの姿が。
自由を奪われ、飛び出した二つの黒い瞳だけが、状況を理解できずにパチクリと瞬いています。
ふふっ、ホタテ令嬢たるもの、やはり縄の扱いは
これぞ淑女の『
そして、わたくしの愛ある『嗜み』を受けたカニさんは、見事に進化したのです。
名付けて――『
……って、いけません! うっかり満足してしまうところでした!
『
心肺蘇生と言えば、胸骨圧迫および人工呼吸が基本です。
もしこの場に電気ウナギさんがいらっしゃれば、
ここはわたくしの
確か胸骨圧迫の目的は、心臓をポンプして全身への血液循環を維持すること。
ですが、ここで重大な疑問が。
――カニさんの心臓って、どこにありますの?
……皆目見当もつきませんわ!
ええい、ままよ!
とりあえず、カニさんを立たせたままでは処置もできません。まずは
わたくしは貝殻をバタつかせ、一気に加速! 縛られて動けないカニさんの
このタイミングで、脳内コントローラーのコマンドを高速入力!
『↓↘→↗ + K』ッ!!
「たあーっ! ホタテちゃんドロップキック、炸裂ですわーーっ!!」
ドゴォォォンッ!
さすがはわたくしの必殺技。カニさんは素晴らしい勢いで仰向けに倒れました。
さあ、休んでいる暇はありません。わたくしはカニさんの胸部だか腹部だか分からない楕円形のボディへと移動し、再びコマンドを入力!
『↓↘→↗ + K』! 『↓↘→↗ + K』! 『↓↘→↗ + K』!
これぞ
「ボコちゃん、貴方も手伝いなさい!
お、カニさんの口からブクブクと泡が出てきました。気道確保は成功しているようです。
ですが、ここは海中。空気はありません。
「では、代替案です。コンクリのカプセルに新鮮な海水を封入し、直接お口へと
もぐもぐ……ゴボゴボ……カニさんがコンクリのカプセルを飲み込むにつれ、その容態は明らかに好転いたしました。
元は藍黒く濁っていた甲羅も、次第に鮮やかな赤色へと変化。
しかしながら! こうして状況が好転した時こそ油断は禁物です!
再発防止のため、しっかりと「痊癒強化治療」を続けなければ!
救護活動は相当な運動量を要したもので、わたくしのお腹はまたハラペコ。
仕方ありません、貝殻の中に貯蔵しておいた緑のぶどうを数粒いただいてエネルギー補給。それから、最後の治療的介入を行いますわ。
やがて、カニさんの甲羅は完全に真っ赤に染まりました。
「お開放ですわよ」
わたくしがカニさんに巻きつけたコンクリの縄に触れると、それはサラサラと溶けて消失いたしました。
拘束を解かれても、カニさんはもはや錯乱する様子はなく、ハサミを乱れ振ることもありません。
間違いありません。治療、大成功ですわ!
「ふふっ、また一人救いました。わたくし、本当に優しいですわね」
こう感慨に耽るわたくしの前で、真っ赤なカニさんは仰向けから体を起こし、隣にいたボコちゃんにゆっくりと頭を下げました。
その瞬間、わたくしは全ての事象がつながりました!
先程、ボコちゃんはカニさんを見て緊張し、恐れ、逃げ出そうとしていたではありませんか。
それが、あの「殻割れ事件」とリンクすると……すべてのピースがパズルのように嵌まりました!
事件の
最初、カニさんは
ボコちゃんの殻は大破、危機一髪の状況となりましたが、幸いにも優美で慈悲深い
しかし、ボコちゃんは病気のカニさんを放置できず、優しさからわたくしをここへ連れてきたのです!
そして、わたくしたちは協力してカニさんを救護。
今、カニさんはボコちゃんにお詫びをされているのです!
なるほど、本当に皆さんお心善く……!
めでたし、めでたし……ですわね!
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