第3話 緊急オペ! 顔色の悪いカニさんを救え!

 緊急事態発生!


 こちら、腹ペコホタテ! 隣にいるのは殻ボコホタテ!


 君の殻はもう僕が修復完了したけれど、悲しいかな、第一印象というのは根強いものだ。よって今から、君の名前は『ボコちゃん』に決定だ。


 さて、そのボコちゃんは僕に、灰黒色の真珠をくれた。

 どうやらホタテの身である僕にとって、真珠は『装備品』にあたるらしい。

 そして装備には、スキルが付与されているようだ。


【装備スロット】

 真珠:灰黒 Lv.1(効果:知性共有・微)


 おそらく、この『知性共有・微』の効果だろうか。さっきから、ボコちゃんの底抜けの歓喜がビシビシと流れ込んでくる。

 おかげで、こっちまでやたらとハイな気分だ!


 しかもこやつ、僕の目の前で器用に殻をパクパクさせながら、ピョンピョンと跳ね回っているではないか。喜びの舞、といったところか。


 だが、困った。

 生まれたてホタテの僕は、食事の摂り方がさっぱり分からないのだ。

 ここは野生の海。病院みたいに、時間になったら栄養食が運ばれてくるわけやないんやぞ!


 目の前のボコちゃんは、言わばホタテ生の先輩。ひとつ、ご教授願えないだろうか?


 装備スキルで感情が伝わるなら、こちらの空腹感だって伝えられるはずだ。

 ここは『お嬢様マナー』の補正をフル活用し、僕の魅力でメロメロにして、餌場まで案内してもらうとしよう。


「あら、お腹が空いてしまいましたわ……。ねえ、美味しいところへ連れて行ってくださいます?(バチコンッ☆)」


 どうだ?

 この美少女の全力流し目&甘えん坊攻撃、イチコロ間違いなし!

 ……まあ、純朴な貝類に人間の美的感覚が通じるかは未知数やけどな。


 僕の『空腹』 が伝わったのか、ボコちゃんは雷に打たれたようにピタリとダンスを止めた。


 直後、流れ込んでくる感情が『歓喜』からどす黒い『焦燥』へと反転する。

 パクパクと高速で殻を開閉させ、さっきとは違う、まるで何かに追われるような挙動で右往左往し始めた。


 ふと、ボコちゃんが何かを思い出したように動きを止めた。

 『ついておいで』――そんな思念が、ほのかに脳裏をくすぐる。

 どうやら案内してくれる気になったらしい。


 向かった先は、背の高い水草が生い茂るエリアだった。

 ボコちゃんは水草の根元から根元へ、目にも留まらぬ速さで移動してはピタリと止まり、殻を少しだけ開いて様子を窺っている。

 まるで物陰に隠れて索敵しているかのようだ。


 なにこれ、スニーキングミッションみたいで面白いやん!


 僕も真似をして、新たな水草へ飛び移るたびに、ガシッと茎を掴んでボコちゃんの真上から顔を覗かせる。

 そしてキリッとした表情で、前方よし!


 まあ、何を警戒してるのかはサッパリ分からんけどな!


 そんな奇妙な行軍を続け、僕らはとある岩場へ辿り着いた。

 ごつごつとした岩肌に走る、大きな亀裂の前で足(?)を止める。


 中を覗き込むと、そこには――

 おやおや。なんとも美しい、エメラルドグリーンの果実が鈴なりになっているではありませんか!

 見た目は瑞々しいマスカットのよう。薄暗い岩の隙間で、ほんのりと燐光を放っている。


 葡萄って、海の中で育つ果物でしたの?

 それにホタテが葡萄を嗜むなんて、初耳ですわ。勉強になります!


 さっそく頂こうと亀裂へ向かおうとするが、ボコちゃんは付いてこない。

 岩の上に陣取って動こうとしないのだ。


「あら、ご一緒しませんの?」


 念じてみるが、ボコちゃんは頑として動かない。

 それどころか、こっちを見たかと思えば、クルリと反転して背後を睨みつけたりしている。その動きは少々大げさだが、明らかに警戒態勢だ。


 なるほど……。

 ボコちゃんは瀕死の重傷を負っていた。

 つまり、殻をあそこまで破壊できる『何か』――ホタテの天敵が、この付近を縄張りにしている可能性が高い。


 食事とは常に危険と隣り合わせ。これぞ弱肉強食、海の掟ということか。


 ならば、ボコちゃんが見張りをしてくれている間に、ササッと済ませてしまいましょう!


 僕は狙いを定め、亀裂の中へと身を投じた。

 そして空中で大きく貝殻を開き――ガチッ!

 岩と岩の隙間に自身の殻を突っ張るようにして、見事に空中で静止ブレーキをかける!


 目の前には、ちょうど手頃な大きさの果実がひとつ。完璧なポジショニングだ。


 ふふふ、誤解しないでいただきたい。これは偶然引っかかったわけではない。

 全ては計算通り! 最初からこうするつもりでの渾身のジャンプですわ!


 呼びたまえ、天才ホタテと!


 僕は片手を伸ばし、目の前の物体を掴んだ。

 なんとも食欲をそそる、透き通った緑の球体。軸などはなく、少し力を入れただけでポロリと簡単に岩肌から剥がれてくれた。


 ふむ、皮を剥くべきだろうか?

 試してみたが、表面がツルツルと滑ってうまくいかない。

 ええい、面倒だ、丸呑みにしてしまえ!

 そう思って大きく口を開けた瞬間――スキル『お嬢様マナー』が発動した。


 オホホ、と口元を隠して微笑むと同時に、口から少量の『虹色コンクリ』がこぼれ落ちる。

 直後、僕の手が目にも留まらぬ速さで動き、こぼれたコンクリを瞬時に練り上げ、硬化させた。

 ――完成したのは、優美な曲線を描く小皿とフォーク。


 ……は?


 思考が追いつかないまま、身体が勝手に動き出す。皿に緑の球体を恭しく乗せ、フォークで上品に突き刺し、一口サイズずつ優雅に口へ運んでいく。


 お嬢様マナー……まさか、食器まで現地調達するとは。

 恐ろしい、恐ろしい子……!


 だが、味は悪くない。

 想像していた弾ける触感とは違い、まるでプリンのように柔らかい。

 甘さは控えめで、濃厚というよりは上品な果実のほのかな甘みを感じる程度だ。けれど、量を食べるならこれくらいサッパリしている方がいい。


 パクパクと……いや、オホホと数個ほど平らげ、お腹はすっかり満たされた。

 海中での食事なので海水ごと飲み込んでいるが、そこは海産物ボディ。むしろこれが本来の味付けなのだろう。塩加減もバッチリだ。


 それにしても、結構食べたな。どうやら食欲にはマナー補正はかからないらしい。

 大食いお嬢様……それは果たして萌え要素として加点対象なのか? 燃費の悪さで人気が暴落したらどうしよう!

 ……ま、今は誰も見てないからセーフってことで。


 そこで僕は閃いた。

 食事のたびに危険な目に遭うなら、お弁当としていくつかストックしておけばいいのでは?

 さっそく数個ほど追加で摘み取り、貝殻の中の空きスペースに収納する。


 と、その時だった。

 頭上のボコちゃんから、ピリピリとした『緊張』が伝わってきたのは。


 まさか、敵のお出まし!?

 ボコちゃんが危ない、加勢せねば!


 僕は勢いよく貝殻を閉じた。

 噴射の水流に乗って岩の割れ目を急上昇する。勢い余ってストックした緑のぶどうが二、三個こぼれ落ちたが、今はそれどころではない。


 岩の上に飛び出した僕は、その光景に愕然とした。


 ボコちゃんが、とある巨大生物と対峙していたのだ。

 その姿には見覚えがある!


「まあ! なんて大きなカニさんですこと!」


 眼前の巨大ガニは、僕やボコちゃんの十倍はあろうかという巨体だ。

 だが、僕が驚いたのはそのサイズではない。色だ。


「カニさん、顔色が優れませんわ!」


 僕の知識にあるカニといえば、あざやかな赤色が相場だ。

 だというのに、目の前のカニさんはどうだ。全身が青黒いではないか!


 僕、この症状を知っています! お医者様はこれを『チアノーゼ酸欠』と呼んでいました!

 きっと酸欠で顔面蒼白になっているのですわ!


 一刻も早く処置をしなければ!

 ええと、病院で見た救命措置は……そう!


「心臓マッサージですわ! カニさん、もう安心です! わたくしが今すぐ蘇生してさしあげます!」

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