「ギルドに行ったら、俺の常識が粉々に砕けました」

モンスターを一撃で消し飛ばした直後。

 俺――アオイは、しばらく現実逃避していた。

「……あの、アオイさん?」

 控えめな声に我に返る。

 さっき助けた少女が、心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「大丈夫ですか? 顔、真っ青ですよ?」

「い、いや……ちょっと色々と」

 色々、で済む話じゃない。

 トラックに轢かれて死んだと思ったら、異世界で魔法を使って、危険種をワンパンだ。

 情報量が多すぎる。

「まずは街に行きましょう。ここ、魔物が多いですし」

 少女はそう言って、俺の袖をちょこんと掴んだ。

 ……距離、近くない?

 心臓が無駄にうるさい。

「ギルドに行けば、色々分かると思いますよ。あなた、冒険者ですよね?」

「……たぶん?」

 曖昧な返事しかできない俺を見て、彼女はくすっと笑った。

「変な人。でも、命の恩人です」

 その笑顔が、やけに眩しかった。

 ◇◇◇

 街は、想像以上に“ファンタジー”だった。

 石造りの建物。

 剣を腰に下げた人々。

 獣人や、耳の長い種族まで普通に歩いている。

 完全に異世界だ。

 そして、問題のギルド。

「……でっか」

 木と石で作られた重厚な建物。

 中に入ると、酒の匂いと、冒険者たちのざわめきが広がった。

「受付はこちらです」

 少女に案内され、カウンターへ。

 受付嬢が、俺を見るなり目を見開いた。

「……え?」

 あ、嫌な予感。

「な、何か?」

「いえ……その、雰囲気が……」

 言葉を濁す受付嬢。

 周囲の冒険者たちも、ちらちらとこちらを見ている。

 俺、そんなに浮いてる?

「ステータス、測定しますね」

 水晶玉に手を置くよう言われ、言われるがまま従う。

 次の瞬間。

 ――ピシッ。

 嫌な音がした。

「……え?」

 水晶玉に、細かいヒビが走る。

「ちょ、ちょっと待ってください!?」

 受付嬢が慌てる。

 そして――

 ――バリン。

 水晶玉、粉砕。

 ギルド内が、静まり返った。

「…………」

「…………えっと」

 沈黙を破ったのは、後ろにいたベテラン風の冒険者だった。

「……兄ちゃん、何者だ?」

 知りたいのは、俺の方だ。

「測定、できません……こんなの、初めて……」

 受付嬢は半泣きだった。

 代わりに出てきたギルドマスターらしき中年男性が、俺をじっと見る。

「……君、名前は?」

「アオイです」

「そうか。今日はもう帰りなさい」

「え?」

「正式登録は後日だ。今日は……色々と、まずい」

 何がまずいのかは、聞かなくても分かった。

 周囲の冒険者たちの視線が、完全に変わっている。

 畏怖。

 警戒。

 そして、興奮。

 ――目立ちすぎた。

 ◇◇◇

 ギルドを出た後、俺たちは街の外れを歩いていた。

「……ごめんなさい」

 少女が、しゅんとする。

「私がギルドに連れて行ったせいで……」

「いやいや! 俺の方こそ」

 むしろ助かってる。

 何も分からない異世界で、一人だったら詰んでた。

「改めて、自己紹介しますね」

 彼女は胸に手を当て、にこっと笑った。

「私は――」

 名前を告げる声は、柔らかくて、優しい。

 その瞬間、胸の奥が、少しだけ疼いた。

 ……なんでだ?

「しばらく、一緒に旅しませんか?」

 彼女はそう言って、俺を見上げる。

「アオイさん、強いです。でも……放っておけない感じもします」

 図星すぎて、言葉に詰まる。

「私、役に立ちます。料理もできますし、地理も分かります」

 必死にアピールする姿が、可愛い。

「……お願いします」

 結局、俺はそう答えていた。

 異世界での初めての仲間。

 それが彼女だった。

 その夜。

 焚き火を囲みながら、俺は空を見上げる。

 星が、やけに近い。

「アオイさん」

「ん?」

「助けてくれて、ありがとうございます」

 そう言って微笑む彼女を見て、思う。

 ――この世界では、俺は“選ばれない側”じゃない。

 まだ、何も分からない。

 自分が何者で、何に巻き込まれていくのかも。

 ただ一つだけ、確かな予感があった。

 この異世界で、俺の人生は、

 想像以上に大きく、そして厄介に動き出している。

 それが、30年の因縁へと繋がっていることを――

 今の俺は、まだ知らない。かかりそうですな

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