俺をフッたあの娘は、転生した先で何故か敵軍のお姫様やってました。

時雨乱太郎

「フラれて死んだ俺が、異世界で最強イケメンとか聞いてない」

人生で一番勇気を出した日が、人生最後の日になるなんて、誰が想像するだろう。

放課後の校舎裏。

 俺――**蒼井(アオイ)**は、ずっと好きだった同じクラスの女子、ミズキを前にして立っていた。

 心臓がうるさい。

 喉が渇く。

 それでも、逃げたくなかった。

「……好きです。付き合ってください」

 震える声で、そう言った。

 ミズキは一瞬だけ困ったように眉を下げ、それから小さく息を吐いた。

「ごめん、アオイ」

 その一言で、分かった。

「アオイって、いい人だと思う。でも……」

 続く言葉は、優しいくせに残酷だった。

「正直、頼りなくて。男の人としては、ちょっと……」

「イケメンでもないし、なよなよしてるし……ごめんね」

 胸の奥が、ぎゅっと潰れる。

 分かってた。

 全部、自覚してた。

 だから笑って「そっか」と言うしかなかった。

 その帰り道。

 頭の中は、真っ白だった。

 信号も、車の音も、何も見えていなかった。

 ――クラクション。

 ――白い光。

 ――衝撃。

 次の瞬間、俺の意識はぷつりと途切れた。

 ◇◇◇

「……生きてる?」

 最初に思ったのは、それだった。

 目を開けると、見慣れない青空が広がっていた。

 コンクリートじゃない。アスファルトでもない。

 柔らかい草の感触が背中に伝わる。

「……どこだ、ここ」

 起き上がろうとして、違和感に気づく。

 ――体が、軽い。

 手を見た。

 細くもなく、太くもなく、無駄のない指。

 肌も妙に綺麗だ。

「……は?」

 混乱する俺の耳に、悲鳴が飛び込んできた。

「きゃあっ!」

 反射的に視線を向ける。

 そこには、黒い毛皮に覆われた巨大な狼のようなモンスターと、腰を抜かして尻もちをつく少女の姿があった。

「……モンスター?」

 ゲームでしか見たことのない光景。

 狼型の魔物が、唸り声を上げて少女に迫る。

 体が、勝手に動いた。

「待て!」

 叫んだ瞬間、頭の中に“理解”が流れ込んでくる。

 ――魔力。

 ――魔法。

 ――使える。

「……《火球》!」

 詠唱なんて知らない。

 でも、口から自然と言葉が出た。

 次の瞬間、俺の手から放たれた炎が、魔物を包み込む。

 ――ドンッ!!

 爆音と共に、魔物は影も形もなく消し飛んだ。

「…………」

 静寂。

 少女と、俺。

 草原に二人きり。

「……え?」

 俺が一番驚いていた。

「い、今の……あなたが、やったんですか?」

 少女が恐る恐る立ち上がり、こちらを見る。

 栗色の髪に、澄んだ瞳。

 年は、俺と同じくらいだろうか。

「……多分」

 すると彼女は、ぱあっと顔を輝かせた。

「すごい……! あれ、ギルドでも誰も倒せなかった危険種なのに!」

 え、なにそれ。

 俺、今、相当ヤバいことした?

「ありがとうございます! 命の恩人です!」

 深々と頭を下げられて、慌てて手を振る。

「い、いやいや! 俺もよく分かってなくて……」

 その時、ふと気づいた。

 ――周囲の視線が、妙だ。

 いや、正確には少女の視線。

 熱っぽくて、真っ直ぐで。

「……?」

 首を傾げると、彼女は少し頬を赤らめて微笑んだ。

「あなた、すごく……素敵です」

 心臓が跳ねた。

 ……え?

 俺が?

 その瞬間、理解する。

 近くの水たまりに映った自分の顔。

 ――知らない男が、そこにいた。

 整った顔立ち。

 引き締まった体。

 どう見ても、イケメン。

「……俺?」

 フラれて死んだ冴えない高校生が、

 異世界で、最強魔法を使えるイケメンに転生。

 意味が分からない。

 でも、確かなことが一つある。

 ――この世界で、俺は“選ばれる側”になった。

 そしてまだ、この時の俺は知らなかった。

 この異世界の敵国、魔王軍の姫――

 リゼルと呼ばれる少女が、

 かつて俺を振ったミズキだということを。

 俺の第二の人生は、

 こうして、最悪に皮肉で、最高に面倒な形で始まった。

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