君がそう望んだから僕はその手を放した 3
「…お前がそう望んだから俺はその手を放した、そうだったよな?」
暗い聖堂に木霊する声は明らかに怒気を孕んでいた。
彼の視線の先には一つの像が置かれていた、石像に見えるソレの顔は確かに動いていた。
呆れるような、悲しむような表情をする像は口を開く。
「ああ、それで間違いない。私が、君にお願いしたんだ。ここに置いていってくれ、と。」
石像に向き合う男は深くため息をつく。
表情からは怒りが消えることはなく、今すぐにでも聖堂を出ていき村を焼きそうな勢いだった。
それを止めるように、しかし、と石像は言葉をつづけた。
「君が去った後、私には村を守る力が足りなかった。次の襲撃で民家を一軒焼かれてしまったんだ。」
それからは、と話を続ける石像の横で男は拳を強く強く握っていた。
石像の話では、その後村を護りきれなかったこの者に罪がある、ということで村人は団結していたという。
それは村長が別の敵を作ることで村の結束力を高めたいからということを聞いていたらしい。
そして、自分が石像になることで村に強い結界を張れる、と村長に自分から進言したそうだ。
護りの石像になり村人の想いを受け止める器にさえなれば、そもそも外敵の入れない村を作ることができると。
実際に被害を出してしまった自分の罪を償うにはその提案しかできなかったという。
男は旅立つ前を思い出していた。
この村に巣食っていた魔物の巣を破壊した男たちは旅人だったが故にすぐ次の村に向かおうとしていた。
それを村長に恩があるからと引き止められてはいたが、男は明らかに用心棒にしたいという村長の目的が見え透いていたために断ろうとしていた。
しかし、相棒として故郷から連れ添った目の前の石像となった者は違っていた。
自分が残ろう、と言い出したのだ。
男は納得はいかなかったが、それが選んだ道ならば、と村を後にした。
次再会したときには再び旅を共にすることを誓いながら。
「それで?こんな結果だっていうのか」
拳から流れ出る血には怒り、後悔、諦観、様々な感情が溢れ出していた。
「私は君より不器用だったからね。元より村を完全に護る実力が自分にあるとは思ってなかったさ。だから想定の範囲かな。」
自嘲するように軽く微笑む石像に男は限界を迎えていた。
背中に背負う剣を取り出し像へと向ける。
「世界が平和になったって、お前がそんなんじゃ俺には意味がないんだよ。」
呟くと同時に男は像を繋いでいた鎖を切り払っていた。
その後重そうに像を背負おうとすると、像が少し不満げに口を開いた。
「そんなこと言われたって、少なくとも私がこうなった原因には君の無責任な部分に責任はあると思うよ?」
故郷を出ることになったあの日、心を決めたのは男が放った一言だった。
「お前にはもっといい場所を俺が見せてやる!だから俺の手を握れよ。」
そうはいったものの行く先々でトラブルに巻き込まれて、しかも解決したとしてもその後のことは知らんぷりなんだから。
と語る石像の言葉に耳まで赤くなった男は、それを振り払うかのように顔を振ると石像に対して顔を向ける。
「だから責任を取るために迎えに来たんだろうが。」
胸元から取り出した小箱を石像に見せると、男は聖堂を出ていった。
魔物のいなくなった世界を旅する勇者の側には一つの石像が常にあったという。
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