君がそう望んだから、僕はその手を放した。 2

ある大戦の中、兵士たちは疲弊していた、

度重なる襲撃、奪われる命、削られていく精神、失うものはあれど得るものの無い戦いは末端から消耗していく。

その兵士たちの代わりに造られたのが、本来作業用だったものを改造した戦闘型アンドロイドだった。

最初は死にたくない兵士たちが独自で制作したものを国が技術面から買い抑えた形になる。

そこからの戦争は更に泥沼を迎えることになってしまった。

死ぬものがいないといえば聞こえは良く、上層部からすれば資源だけの勝負になることで国民の反感を抑えられる最高の戦い。

になるはずだった。


枯渇する資源は国を滅ぼし、既に世界を巻き込む戦火により星の上の生物皆が徐々に生きる場所が減っていく恐怖に見舞われた。

数年前、緑に覆われていた大地はあっという間に資源と見なされ奪い合いになり、硝煙と砂漠の中に埋もれていった。

そんな戦いが長く続くことで何故戦っているのかすら知らない世代が生まれ始めた。

何も知らない世代の目的は相手に勝つこと、ただそれだけに集中していく、それがまた戦局をただひたすらに悪化させていった。

己の星の上から生物が奪われたものが次に求めるのは更に別の星になり、他の星の侵略戦争が並行して行われていった。

他の星の空に浮かぶ彼らの戦略用コロニーはどれだけ禍々しく映ったことだったろうか。

いつしか一つの星の中の争いが宇宙に派生していった結果、宇宙に拡散していった悪意は二つの集団に絞られていた。

どちらが官軍でどちらが賊軍かなど今となってはわかり様もなく、どちらも戦争を終わらせることを謳い文句として掲げていた。


技術はいつしか到達点へと導かれ、戦いはついに終局を迎えようとしていた。

戦場には人間が立たなくなり、本来戦いで失われるべき命の価値を失った人類は宇宙を滅ぼす兵器の開発を待ち望んでいた。

それによって、仲間、家族、あまつさえ自分の命を奪う可能性を考えもしなくなっていたのだ。

戦争は軍需産業を生み、消耗されるべきだった精神は闘争の意義を忘れ、人が死ぬことのない争いは、人の終わりに静かに向かわせていた。

宇宙に戦場が広がった段階から兵器の個人購入が始まっていた。

人々は試合を見る感覚でアンドロイドを買い、戦場へと送る。戦闘機、小銃、その他の兵器もオプションとしてつけられた。

戦果をあげた者は恩賞を与えられ、家族として家庭への帰還を命じられる。

家族の稼ぎ頭となる者もおり、時には愛着を、時には罵声と暴力を向けられるようなこともあった。


そんな中一体のアンドロイドが【家族】に進言していた。


私は、この宇宙において貴方たちが失われるのを本当に残念だと思います。

今開発されているあのような兵器が、一般購入されるということは、この宇宙に貴方たちの居場所がなくなってしまうということです。


この話が噂としてネットの海に拡散されるのにそう時間はかからなかった。

あるものは笑い話として一笑に付し、あるものは陰謀論として扱い、あるものは世界の終わりを嘆いたという。

しかし、これを機に世界中のアンドロイドが突然同じことを付近の人間に語りだすと、うわさ話ではすまなくなっていた。

宇宙全体が恐慌に包まれる中一人の少女が家庭用アンドロイドに尋ねていた。


「みんな何を怖がっているの?」


親もなく行政から送られてきたアンドロイドは少女の面倒を見ていた。

そのアンドロイドが死を恐れている、と応えると少女は当然のように疑問符を浮かべていた。

親がいない、ということはその概念に親が迎え入れられたということなのだが少女には知り様がなかった。

二人で手を握り合いながら買い物をする平和な生活の中に投じられた一石はAIの中に一つの波紋を産んでいた。


また別の日、同じように買い物をするなかでアンドロイドは少女に一つの質問を投げかけた。


貴女は、幸せでいたいですか?


少女は笑顔でもちろん!と答える、みんなもね!と付け加えるその姿を見たAIはその晩、姿を消した。

元々は兵士たちが制作した粗末なAIで作られた戦闘用アンドロイドたちには一つの弱点があった。

基礎の部分がほぼ、マザーAIに依存していることだった。

マザーAIが停止すればほとんどの戦闘用アンドロイドが機能を停止する。

その事実がある中、何故戦争中の両軍がそれを行わないのか。

両軍のアンドロイドが同じ出自だったことで暗黙の了解として避けられていた行為である。

そのため、警備もなくとある家庭用のアンドロイドが想定した行動を成し遂げるのは至極簡単だったといえる。


その後少女は淑女となり、アンドロイドも役目を終えるときが来ていた。

その別れの際、淑女がアンドロイドに尋ねた。


「あの終戦の晩、貴方はどこへいたの?」


アンドロイドはただ一礼をしただ一言応えた。


あの日、貴方がそう望んだから、私は手を放したのです。

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