誰がヒロインを殺したのか
お姫様、彼女、幼馴染、お嫁さん、女の子の憧れにもいろいろな形がある。
私は物心ついたときから"正義"になりたかった。
かわいいヒロインや男の子たちのヒーローのようなかっこいい人といった区切りのあるものでなく。
誰からもはっきりとわかる"正義"という形が欲しかった。
みんなから頼られ、敬われ、みんなを救える存在。
世間では"悪"と言われるような相手ですら自分に助けを求めるような、そんなモノがほしかった。
最初はアニメのヒロインを目指した。それなりに体を鍛え戦えるようにもなろうとした。
だけど現実は残酷で、世界には明確な"敵"なんていなかった。
それに気づいたのは中学生の時、部活では全国の成績をおさめたがここには人を助ける"正義"など存在しなかった。
身体を動かす才能は恐らくあるのだろう。それを生かしたうえで次に見つけたのは警察官だった。
法の下で"正義"を執行することが許される存在。詳しく調べたときには興奮すら覚えたほどだった。
警察学校に入って学んだのはここにある"正義"は人を救うというものではなかった。
間接的に救われる人は多くいるだろう。それを否定するつもりは毛頭ない。
しかし、私は直接、人々を救いたいのだと気づかせれる。
卒業後交番勤務を一年してみたが近所のおばあさんを助けたのがせいぜいといったところ。
私は次の居場所を求めて次に目指したのは弁護士だ。
司法試験を一度目で合格した私は周りからは優秀だと多少のもてはやしはあった。
いざ実務に関わってみればそこに私の満足感はなく、普段の仕事といえば離婚調停、労働問題、事故処理などとても望んでいた状況ではなかった。
人を救う、その一転に重点を置いた私の生きていくに向いた道はこの世にはなかなか見つからなかった。
そんな世を儚むこともなく、少なくとも自分にできる精一杯をしながら生きていくことは難しいことではなく、人を救える機会というのを見逃さないようにとだけ考えていた。
そうして過ごしていたある日、突如転機は訪れた。出勤のため駅へ向かう道中、道路へ飛び出した子供をかばい車に衝突した。
それこそ人を助けたい、そんなものを志す者にとってはありがちであるような出来事ではあるだろう。
しかし、担ぎ込まれた病院で運命と出会った。
自分を救った医師はマスクの下からでもにやついてるのがわかるような男だった。
入院中には様子伺いだと何度も私の元へと訪れ、経過を聞いていく。
毎日来られても変化などあろうもない、それでも彼は通い続けた。
彼は受け持った患者に対しては、総じてそういった対応をしているそうだ。
退院した患者が会いに来ても、真摯に対応するその姿は私が望んだ正義の姿に近かったかもしれない。
私が退院する日、彼はまた会いに来ていた。
私は一言彼に問いを投げかけた。
「貴方はなんのために人を救うのですか?」
少し彼は目を見開きすぐ笑い出した。
「面白いこと聞くなぁ。人が好きだから助ける、そんだけだよ。それに、別に助けたいから助けてるんじゃないしな。」
彼の言葉に今度は私が驚く番だった。
私が渇望しても得られないものを持っている彼は、それを欲しているわけでもなかったのだ。
ならばなぜ彼はこんな生活を続けているのだろう。
そんな疑問が私の中を駆け巡ってからは彼と何度も話すようになっていた。
個人で連絡を取っては食事に招いたり、ただ病院に通っては話しかけたり。
彼は人を知りたいからという理由で医者を志していた。
最初は、腹を開けば本当の人間が見えると最初は信じていたそうだ。
しかし、人の悩みを知れば知るほど、自分の人間好きは深みを増していったのは想定外のことだったらしい。
千差万別の悩みを抱えた人が、普通に生きてても、己を抑えきれなかったときでも、病院に来る様子を見ていると人間は面白いと感じたとのことだ。
そんな知り合えた彼らが簡単に死ぬのは忍びないから助けてる。
そう語る彼の顔は私の様子を見に来た時と同じように優しい眼をしていた。
こんなにも人を知りたくなったのが初めてだった私と、人を見捨てられない彼の関係が深まっていくのは当然の成り行きだったのかもしれない。
彼が結婚を申し出た日に口にした言葉を私は一生忘れないだろう。
「俺は君が望んでるものを一つも渡せないかもしれない。それでも一緒にいてくれるかい?」
その日、私の中の"正義"が死んでいくのを感じた。
世間に求められず、誰にも認められず、結果も出せなかった"ソレ"を唯一理解していた彼が出した言葉は、私をヒロインとするには十分なものだった。
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