誰がために流す涙

戦場に居れば流す涙なんて枯れちまうもんさ。

俺は負傷によりみんなよりも早く帰ってくることになっただけで、十分運が良かったんだろ。

帰ってきて何をしてるかって?お前ここの部屋の名前見なかったのか。

記録に残したい?チッ、告知所だよ。本部の基地にこんなものがある時点でどんな部屋かなんて考えればわかるだろ。

仕事内容だぁ?お前なぁ…、本来であれば様々な告知を部隊向けに作るんだけどな、こんなご時世だ、死亡告知書しか作ってねえよ。

んで、それを部隊長殿たちにお渡しすれば俺の仕事はおしまい!ってなもんだ。気楽だろ?


---しかし、貴方は職務外のこともこなしていると伺いました。


あ?そんなことも調べてるのかよ。やりづれぇなぁ。

ああ、そうだ、そうだよ。他の連中なんかはな、渡した段階で仕事は終了だ。

ただよ、それだけじゃ置いてきた仲間たちに礼が足りねぇと俺は思っちまったんだよ。

だから、俺も部隊長の連中と一緒に顔を出しに行くようにしてるんだ。遺書の中身を記入しなおすのも俺だからな、顔を見た方が信ぴょう性も増すだろ。


---それだけですか?


何が言いてえんだ?ああ、遺族に会ったときは当然俺も頭を下げてるぜ。礼儀だろそれはよ。

それにな、俺一人で戦局が変わるとは言わないまでも、少なくとも俺はあいつらを置いて逃げ出したようなものなんだ。

そんな俺ができることなんて一人一人丁寧に弔ってやることだけだろうがよ。

俺にとっての弔いがこの仕事なんだよ。


そういった男は手元にあったタバコを手に取り火を点ける。

煙が目に染みたのだろうか目頭を押さえ顔を上に向ける。

インタビュアーはカセットを入れ替え、インタビューを続けようとする。


なんだよ、まだ聞くことがあんのか?

これ以上はなんも出てこねえぞ。俺が出せるもんといえばコーヒーくらいだ。


男の声は震えていた。何かを思い返すように、そして、何かに手を伸ばすように煙を浮かべている。

インタビュアーはその様子を見てレコーダーの電源を切る。

そして椅子に深く座りなおすと男に対して改めて質問を向けた。


---では、涙が枯れたという貴方がどうしてそこまで思い詰めているのですか?


男は深くため息をつきレコーダーの電源ランプが消えてるのを見ると、話し始めた。


…なんでこんなことを聞きたがるのかねぇ。

いいぜ、話してやるよ。

俺は戦場では少なくとも他の奴らより顔が広かったと思う。

同じ戦線では知らない奴なんていなかった。

どいつもこいつも帰ったらどうするだの、未来は石油殴打の、みんな未来を語るんだ。

なんでかって?怖くて仕方がないんだよ。そうしなきゃ、明日を迎えられないかもしれないって思うからだ。

特によく話したのがサムってやつでな。奴はいつも母ちゃんにマッサージイスを買うだの、弟は出来がいいから俺と違って嫁さんを手に入れるところを見てみたいだのとな、よく語ってたんだよ。

俺たちはみんなお互いをブラザーって呼んでた。もちろんサムもだ。

産まれる場所は違ってもここで戦ってりゃみんな家族だと。

俺のこのクソッタレな足が吹き飛んだあの日、サムは俺を運んでくれた。

奴は言ったさ、頼むぜブラザー、お前が死んだら誰が俺の話を聞いてくれるんだよってな。

あんないい奴にゃ生き残ってほしいと国に帰る途中手紙だって書いたんだ。

戦場から戻ってすぐこの仕事に就いた俺は当然手紙も出そうとしたさ。

でもな、届くことはなかったんだ。

簡単な話だ、俺の初仕事はサムの遺書の書き写しと部隊長への伝達だった。

あの後、戦況は悪化したってのはよく聞く話だ。ここへも知った名前ばかり届きやがる。

死亡告知書を作った俺は部隊長についていくことを願い出た。

最初は断られたよ、こんな嫌な仕事誰にだってさせたくはないとな。

でも俺はブラザーから聞いた話をどうしても遺族に伝えたかったんだ。

しがみついてでもついていくっていったら連れてってくれたよ。

:thumbsup:

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[4:29]2025年9月20日 土曜日 4:29

その後の空気は地獄みたいだったな。

呼び鈴を鳴らしたら出てきた親御さんは二人とも部隊長の姿を見た瞬間膝から崩れ落ちて大泣きだ。

噂の弟さんはその日いなかったみたいでな、親御さんに俺が告知書を作ったこと、戦場での思い出話なんかを話してみた。

そしたら、手を取って感謝されてよ。親父さんがな、一服でもどうだっていうんだ。でも親父さんの涙でしけっちまっててなぁ。

あんなにマズいタバコはあれが初めてだったよ。

ただその日に決めたんだ。俺が覚えてることはせめて少しでも伝えてやりたいってな。

でもな、なんでだろうなぁ。

あの日以来俺のタバコはいつだってマズいままなんだよ。俺も二度とこんなもんは出ないって思ってたんだけどな。

あいつらを思い出すときはいつもこうだ。告知書を書く時も、遺族に会う時も、な。


そう言って男は目元を拭うしぐさをすると、インタビュアーに目を向けた。

インタビュアーはゆっくりと眼鏡を外し、男の手元の灰皿を見る。

よく見ればどのタバコも途中で火を消したかのように吸いきられておらず、湿気ているようだった。

眼鏡を外したインタビュアーの顔に男は思わず目をこすった。


---私は、サミュエルの弟です。貴方の話を親から聞いてずっと不思議でした。明らかに職務外である貴方が何故いらしたのか、と。

私の仕事は記事を書くことです。貴方に聞くことで少しでも戦場の話を聞ければ、と思っていましたが、こんな状態では帰れませんね。


その後二人の男は抱き合い、日が暮れるまで話をつづけた。

後にsmoking cryerという記事に書かれた男は、己より、友のために涙を流し続けていた。

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