知を以て理を成し、知を以て理を失う

法律とは法治国家に於ける絶対的ルールである。

法の下に生まれたからには順守することを徹底して教育されていく。

高名な碩学である者たちの高位な知性によって定められたルールに疑問を覚えることは、果たして法律に背くことなのだろうか。

成長していくごとにそんな疑問が増えていく世界で青年は生きていた。

法に従い、法の庇護を受け、義務のために働く。

そんな生活を続けることに嫌気がさしながらも、特に他にやることもないので惰性で[生きて]いる。

自分にとって世界の全てでもあろうこの国の中で、当たり前である法律に疑いはすれど行動を起こすほどのものでもなかった。


朝起き、仕事へ行き、帰っては少しの趣味と飯を楽しむ。

そんなささやかな幸せを抱きながら日々を送っていたある日、深夜に破裂音が響いた。

外へ出るかためらっていると突然ドアが叩かれる。

呼び鈴のカメラを起動し外を確認すると一人の女性がずぶ濡れの格好で立っていた。

雨も降っていないのに、だ。

カメラ越しに声をかけてみると慌てた女性はドアを叩きながら叫んだ。

「助けて!殺される!」

その言葉を聞き急いで玄関ドアを開けると女性が中へ飛び込んできた。

映像では濡れている理由は暗くてわからなかったが、明るいところで見るとはっきりしていた。

女性の着ているコートも、髪も、べったりと赤く染まっていた。

しかし、女性は混乱しており話を聞ける状況でもなかった。

青年はこのままでは共犯にされるかもしれないという恐怖心と、この女性を守った方がいいのかもしれないという感情の間で揺れていた。

悩みながらも一旦女性を浴室へと送り込み一旦シャワーを浴びせることで落ち着かせることにした。

着替えを置いておくという口実で更衣室へと入り、女性の服を回収しビニール袋に詰めた。

こういうときにこうやって保険をかけないと動けない自分に嫌になりながらも女性が出てくるのを待っていた。

血を洗い流し出てきた女性は存外美人だった。

先程の殺されるとは一体どういうことか、そもそも血はどうしてついたのか。

そんなことを訪ねてみると女性は素直に答えてくれた。

女性は彼氏とデートしてたらしいのだが突然男が現れて彼氏を撃ち殺した。

そして、女性の手に拳銃を握らせると

『これで君が立派な犯人だ』

と、微笑んだとのことだった。

なにがなんだかわからなくなり現場から逃げ出してしまったそうで、近くに合った青年の家へと駆けこんだとのことだった。

青年は半信半疑ながらも近所でそんなことが起きればニュースになるだろうと考え、一晩は女性を泊めてやることにした。

その夜は青年はソファで眠り女性はベッドで横になった。


朝起きると青年はひとまず職場へと休みの連絡をした。

しかし、職場からの返答は意外なものだった。

「お前ニュースを見ていないのか?とんでもないことになってるぞ。今日どころか二度と来れないだろ」

同僚が何を言っているか理解できず、ニュースを見るためにテレビをつけた。

そこには女性と自分が昨晩の事件の主犯として報道されていた。

本来であればこういった場合逮捕までは実名報道などされないはずなのだがどう見ても自分の写真と女性の写真に名前まで載っている。

何が起きたかわからず呆然としていると、女性が起きてきたのか横でニュースを見ている。

そして、青年へゆっくりと微笑むと

「これで、こっち側だね」

と耳元でささやいた。

こうして、望むか望まずか、青年は自身の判断によって一晩で法律というルールの外へと放り出されたのであった。

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