他の方の見られたくないもの/見せたくないもの アフター
気が付けば加えたタバコは燃え尽き、灰が胸に落ちる。
車を運転する手は惰性により動きここまでの日常がすべて夢だったのではないかという空白の現実感が襲い来る。
夢であればいくらか楽だっただろう、己の夢を現実として叩きつけられたとき逃げようとした自分を情けなく思いつつ今こうしていられることにほっとする。
あの[事件]の後、彼は一度は幼馴染と距離を置き生活を送ろうとしていた。しかし、あの日の言葉が彼の心を離さなかった。
「……だから私だけの、本物のヒーローに、なってくれない?」
何も起きずに生活できていたのは恐らく幼馴染のおかげであろうことは理解できていたが不思議なあの宙に浮くような現実味のなさはいかんともしがたく、その中でかけられた言葉は彼を締め付け続けた。
幼馴染だから?それとも友達だから?はたまた、
「お前がヒーローになりたいからか?」
夢にまで見た光景、そんなもののために悪夢に襲われる。しかし、本来正義感に溢れていた少年が青年へと成長した今踏み出すための腹を括るのは存外早いものだった。
望んでいた道と同じものだったのかは今となってはわからないが、それからの毎日は訓練、訓練、授業、訓練。
そして実戦へと駆り出される。
あくまでサポートではあるものの銃を握る以上、人を撃つことになる。
死体が発生する以上誰かがそれを掃除するわけだがそれもサポートのうちだった。
所謂[悪人共]を成敗する。というのは少年の頃の彼が思うよりハードだったのかもしれない。
気づけばタバコと酒に溺れ、目から光は消えていた。
彼が、自分が誰かもわからなくなりそうだった日、幼馴染とじっくり話す機会を得た。
もしかしたら与えられた時間だったのかもしれないが、少なくともその時の二人には関係のない話になる。
「ありがとう、ヒーロー。君はこの地獄の中で誰よりも私のヒーローだよ。」
そういって抱きしめられる。その瞬間青年の中で何かが決壊する音が、間違いなくした。
幼馴染の背を抱きしめ返し、涙を流すその瞬間だけは彼はヒロだったのだろう。
それからくたびれ、年を取り、様々な行為が当たり前として行えるようになった頃の彼は後悔はしようとも何度でもこの道を選ぶだろうという確信を得ていた。
少なくとも今この車内に広がる血の臭い、通り過ぎる街のネオン、映し出される隣の座席の幼馴染の顔を見るとそう思わされる。
灰を胸から払った彼は、小さく咳払いすると再びタバコに火を点ける。
彼が吸う空気はきっといつだって苦い味がする。
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