見せたくないもの/見られたくないもの 3

男はカフェの席に座りコーヒーを啜りながら物思いにふけっていた。

後輩二人から呼び出しをされ忙しい中時間を空けてまでここに座っている、はずなのだがなぜか二人とも到着していない。

かれこれ待ち合わせ時間から1時間近く過ぎている。

だが後輩から呼び出された時点でこの程度は覚悟していた。問題視しているのは集まったメンバーのことになる。

以前であれば厄介な後輩どもに連れ回されるくらいですんでいたのだが、今ではそうはならないだろう。

"例の事件"以来、それとなく接触を絶っていた。

別段意味があるわけではない。しかし、お互いになんとなく避けるようになっていった。

あの事件を思い出したくなかったというのもあるかもしれないし、まだあの事件から帰ってこれてないというのを認めたくないのかもしれない。

久々に会うとなって事件のことをまた話すのかと少し期待している自分がいるのも嫌になる。

そのために例の譜面を書き起こしたものを鞄に入れ、打ち込んだ音楽ファイルをタブレットに入れて持ってきている自分がとても嫌いだ。

それだけあの夜が自分にとって特別だったことを思い知らされる。

人外の歌、それに立ち向かう人間、命を懸けた後輩、月明かりに響くギター、その全てが焼き付いている。

今もあの夜に焦がれていることを後輩二人には悟られたくないのだろう。


そんなことを思案していると、声を掛けられる。

「万秋くん、そんなしかめっ面してどうしたんだい。福の神も逃げてしまいそうじゃないヵ」

振り返るとそこにはいつものギターを握りしめた籠目英恵、その後ろからスキップをしながらこちらへ向かっている那須射砂の姿が見えた。

「お前らは変わらなさそうで安心したよ、バカ後輩。」

二人を席に座らせるといつも通り自分が三人分の注文を通す。ちょうど昼時なので軽食も頼むことにした。

「お久しぶりです!千一さん!元気そうですね!よかった!」

射砂のいつもどおりの大声を聞き流しながら、二人の様子をうかがう。どちらも健康的なようで問題はなさそうだった。

そんな二人の姿に何故か若干の苛立ちを覚えつつ、問いかける。

「それで?今日はなんの用なんだ?」

そう、この二人は要件も伝えず会いたいという言葉と時間だけを書き連絡が返ってこなくなっていた。一応場所に関してはこちらから指定する文面を残しておいた形になる。

そもそも偉大なる先輩を相手に呼べば必ず来るという確信を持っているこいつらがおかしいのだと思っている。

「ああ、そうそう、射砂さんがね。家を買いたいんだそうだ。」

また突拍子もないことを、と一瞬受け流そうとしたが思わず椅子に跳ね返る。

「家ェ!?社会にも出てないのにか!?」

突っ込みを入れてから思い返す。あの事件から射砂はなぜか"母親"が一人、"父鳥"が一羽増えているのだった。

元々住んでいたのも当然単身用の住まいであることを考えると管理会社との折衝が発生しててもおかしくはないだろう。

「家を買うってわけじゃないんですけどぉ、でも新しいお家が必要なのも確かなんです…。」

しょぼくれた顔をして指をつんつんしている後輩を見ていると何故か頭をはたきたくなる。

その衝動をこらえつつ、ふと我に返る。

「どうしてそれを相談するのが俺なんだ?不動産屋にでも…。」

というとこまで口を突いて出たが、よくよく考えなおしてみるとしょうがないことなのかもしれない。

養子縁組を認めてもらったという話は聞いているがそもそも国籍の違う女性二名で部屋探し、それも現状では両方収入なし。

恐らく自分の家族関係の伝手などを頼ろうということなのだろうと深くため息をつく。

「わかったよ、それで?どんな家を探したいんだ?」

「助かったよ万秋くん、相談を受けたけど私ではどうもこういうことは全くわからないからね」

すこし鼻をふんと鳴らしなぜかどや顔で英恵が肩を叩いてくる。

こいつはいつか〇してやるなどと考えながら一旦近辺の不動産を調べる。


その傍らで届いた軽食をほおばりながら射砂はしゃべり続けた。

帰ってからの日常の事、両親を説得した話(三度目)、このまま甘えてたらどろどろに溶けてしまいそうだとか言う話。

全てを聞き流しながらレイ・クリスティはアランのおかげで資産があるという話だけしっかり耳に入れていた。

「それで、千一さんくらいしか今頼れる人がいなくて、お父さんもお母さんもいま頼ると大変なことになりそうだし…」

そうかそうかと受け流していたが、ふと冷静になる。

こいつをこのままにしていいのか?と自分が問いかけてくる。

これくらいのことができず新しい家を契約させて親御さんは怒らないのか?そもそも俺が手伝うことか?ほんとに?

しかしレイ・クリスティと暮らすアイデアを提案した責任もあるだろ。

そんな葛藤が駆け抜ける中再び籠目が肩を叩く。

「お礼としてさ、君が興味を持ってたアレのこんなものを作ってみたんだ。」

籠目から一つの音楽ファイルが送られてくる。イヤホンを付け中身を確認するとあの夜の曲をアレンジしたものだった。

恐らく射砂のハープとの合奏なのだろう、聞きなじみのある音色が己の中を駆け抜けていくのを感じる。

元々あった不気味さはなくなりどこか不思議な清涼感が残るような曲に仕上がっていた。

しかし、心を見透かされたような気持ちもまじり少し口元がゆがみながらのしかめっつらになる。

再び深いため息を一つつくと改めて意識を直す。

あの夜は罪でも罰でもなくもはやただの思い出として処理すべきなのだ。


きっと今後もこうやってこいつらとは付き合っていくのだろうから、あの夜を忘れることはなくともわざわざ振り返ることもしないだろう。

だとすれば格好の悪い先輩としてもいられないのだから、自らも未来へと進むべきだ。

あの日以来崩れた生活を取り戻す決意をしつつまずは手始めとして物件探しをしつつ己が父に根回しをお願いする覚悟も決めるのであった。

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