第2話 昔はヴァンパイアロード、今は黒髪美少女な千祭 月夜


「ふんふんふーん♩」


……どうしてこうなった……?


なんで我が家の狭い狭い浴室から、美少女の気持ちよさそうな鼻歌が聞こえてくる……


まぁ坂下に襲われかけていたことで、土けむりまみれとなっていたので、可哀想だからと我が家のお風呂に入れてあげると宣言したのは、何を隠そう俺自身なのだから……。

本当はスーパー銭湯ぐらい奢ってあげたかったけど、一人暮らしを強いられている菅田 真央の経済事情は、今月割とピンチであるわけで……


(でも、懐かしいぞ、こういう庶民的な感じは……大魔王になる前の俺も、こんな感じで暮らしていた時があったしな……)


などと考えつつ、彼女がお風呂へ入っている間に、脱いだ制服を水魔法で洗濯し、火魔法で乾燥させて、さらに手のひらでアイロンがけまでやって上げている時のこと。

突然ふわりと香ってきたシャンプーやボディーソープのいい匂い。


「お、お風呂いただき誠にありがとうございました、魔王様……」


 俺のYシャツをダボダボ気味に着ている黒髪清楚な美女こそーー【千祭ちまつり 月夜つくよ

長い黒髪の和風美人であり、菅田 真央が通う学校でも才色兼備な美女として誉高い人物。そして実は良いところのお嬢様らしいのだが、詳しいことはよくわからない。それほど、菅田 真央と千祭 月夜はこれまで交流が一切なかったのである。


「あらためまして、お久しぶりでございます魔王様」


 千祭さんは唖然としていている俺に構うことなく、傅く。


 着ている服がダボダボなために、盛大にブラチラしてしまっていることなど構いまもせずに……。


「ひ、久しいな。実は俺は先ほど、覚醒したばかりで、お前達を探し出したと考えていた」


 俺は千祭さんからやや視線を逸らしつつ、そう言い放つ。

だってどうしてもブラチラが気になるんだもん。


「そ、そうなんですね……! 実は私もでして……先程救っていただいた際、放った魔力を浴びた途端……」


「なるほど……では……千祭 月夜の記憶はどうなっているんだ? やはり消えてしまったのか?」


「いいえ、それもしっかりとございます。今の私はヴァンパイアロードのメルサードの記憶を有しつつも、千祭 月夜でありまして……うっ、ううっ……ひくっ……」


「ど、どうしたんだ!?」


 いきなり泣き出した千祭さんに驚きを隠しきれない俺。

しかし彼女はそんな俺を捨て置いて、そっとこちらの手を取る。


「またこうして魔王様とお会いできる日が来るとは、思ってもみなくて……だから嬉しくて……!」


 俺も俺とて、こうして再びメルサードと再会できたことに強い幸福感を抱いている。

なにせ、こいつは俺にとって腹心であったの同時に、同じ戦場を駆け抜けた同胞。

そしてこいつは最後の最後まで俺に付き合ってくれ、終いには俺の命を守るために、身を挺して庇ってくれた。


「メルサード、俺もお前と同じ気持ちだ。だからこそ、今度こそ俺は成し遂げたい。お前たちが幸せに暮らせる世界を、今度こそ……!」


「ありがとうございます、魔王さまっ! でも、もう私、なにもいりません! こうしてまた魔王様とお会いできたのですから!」 


「ふふ、相変わらずメルサードは遠慮深いな。この程度で満足するなど……ならば今宵は、この俺直々にお前のことを歓待してやろう!」


「そういうところは相変わらずお変わりなんですね、魔王様は……っ!?」


 スマホのバイブ音が響き渡る。メルサード……千祭さんのものだった。

とたん、彼女は血相を変えて、スマホを手に取る

 そして顔色が真っ青に染める。


「申し訳ございません、魔王様! 私、今すぐに帰らねばなりません!」


「むっ? そうなのか……」


「本当にすみませんっ!」


と、千祭さんは急に慌てだし、俺が魔法によって洗濯・感想・アイロンがけまできっちりこなしておいてやった、制服を手に取るとーー


「魔王様、すみませんが! さすがに生着替えを見られるのは恥かしいですっ……」


「そ、そうか……」


 言われるがまま千祭さんへ背を向ける俺。


「はぁはぁ……いそがないと! ひゃっ! スカートのホックが……んんっ!」


 千祭さんのすごく焦っているのか妙に息が荒く、衣擦れの音もとても気になり……って、こいつは元々性別を超越した"魔族"なんだぞ!? しかも我は、こいつら魔族の王を従えていた、王の中の王である大魔王!


 この程度の精神的汚染など、勇者の馬鹿野郎が行使する神聖術による浄化魔法に比べれば……!


「終わりました魔王様……」


 そう千祭さんから許可が降りたので、振り返る。

するとそこにはピカピカで、新品同様となったリボンに、ブレザーに、ミニスカートを履いた制服姿の千祭さんが!

ものすごく眩しく感じるのは、たぶん自分の洗濯の成果に感心しているだけか、否か……。


「なんだか制服が綺麗になっているのですけど、これって魔王様が?」


「あ、ああ、まぁ……」


「わざわざありがとうございます、魔王様っ! では今宵はこれにて……」


「では送るとしよう」


「え!? い、いえ、それは大丈夫です! 御身にそこまでしてただくなど!」


 千祭さんはみょうに慌てた様子を見せていた。


「いや、しかし、さっきあんなことがあったばかりじゃ……」


「本当に大丈夫です! 本当ですから!」


「お前がそこまで言うのなら……」


「ご理解ありがとうございます、魔王様! それではまた"明日"! ごきげんよう!」


 そうして千祭さんは足早にアパートから立ち去ってゆく。


 彼女がいなくなると、急に俺のアパートは穏やかな静寂に包まれる。


 そうして冷静な状況になると、一つ不安が過ぎる。


(先程のメルサード……いや、今は千祭さんだが……妙な慌てようだったな……)


 これは少し調べた方が良さそうだと思い、手元に魔力を集める。するとその魔力は、かつてのように小さく異界の門を開き、そこから

小型の使い魔を呼び出す。

 こいつは隠匿と千里眼の魔法がかかっているやつで、俺の遠くの目の役割をしてくれる。


「行け! 彼女を、千祭 月夜の後を追うんだ」


 解き放った使い魔は早速隠匿の魔法を発揮して透明となり、夜空の彼方へと飛んでゆく。


 この漠然とした不安が杞憂であればいいのだが……。



●●●



ーー本音をいってしまえば、せっかく魔王様と再びお会いできたのですから、もっと一緒にいたかった。

でも、そのために"門限を破る"訳にはいかない。加えてーー


「もしことがお爺さまに知られてしまっては……ううっ……ごめんなさい、魔王様。もっと一緒にいたいですけど、今はまだ……でも、いずれ、私の力でなんとかします……っ!?」


 家路を急ぐ月夜の身が、眩い車のヘッドライトに照らされる。


 そしてその車からゾロゾロと黒装束の男たちが現れ……


「あ、あなた達はなに……んむぅー!!」


「ようやく捕まえたぜ、千祭 月夜……ひひ……!」

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